トップQs
タイムライン
チャット
視点
新井田セイノ
日本のアイヌ文化伝承者 ウィキペディアから
Remove ads
新井田 セイノ(あらいだ セイノ[1]、1917年〈大正6年〉4月4日[2] - 2011年〈平成23年〉11月[3])は、日本のアイヌ文化伝承者。北海道鵡川町(後のむかわ町)において、カムイユカㇻの伝承[4]、アイヌ語教室の講師によるアイヌ語の伝承と地域の指導[3]、後継者育成など、アイヌ文化の振興に大きく貢献した[5]。
Remove ads
経歴
北海道静内(後の新ひだか町)に生まれた[3]。1919年(大正8年)、母と共に鵡川に移住した[3][4]。母の目が不自由だったため、幼少時より農作業を手伝った[4]。生活は苦しく、周囲からのいじめにも遭ったが、農作業中に母から聞かされたアイヌの詩で勇気づけられた[4]。
1974年(昭和49年)に、北海道ウタリ協会(北海道アイヌ協会)鵡川支部が発足すると、同会に参加した[4]。それを契機として、鵡川地方に伝承されるアイヌ語やカムイユカㇻの伝承に、本格的に取り組みを始めた[4]。
1980年(昭和55年)、鵡川アイヌ文化伝承保存会の設立に関わり[2]、保存会の設立当初から中心的役割を担った[3]。1992年(平成4年)からは鵡川アイヌ語教室の講師を務め[6]、地域の指導者として活躍した[3]。神に夫を助けられたことを喜んだユーカラ「アペ・フチ・カムイ」を特に得意とし、発音の美しさには定評があった[4]。また、アイヌ民族博物館主催の「カムイユカㇻの夕べ」でカムイユカㇻを口演するなど、各地でのアイヌ語の伝承・保存活動にも積極的に取り組んだ[3]。アイヌ古式舞踊公演への参加も多く、アイヌ文化に関する多数の研究、調査にも協力した[2]。
2001年(平成13年)には、鵡川アイヌ文化伝承保存会での活躍や、地域の後継者育成に取り組んだ功績などにより、アイヌ文化振興・研究推進機構のアイヌ文化賞を受賞した[2]。地元関係者からは「ばあちゃんは鵡川の宝」との喜びの声が上がった[4]。この当時は84歳であったが、高齢でもなお、歌や踊りの指導に取り組むなど、後継者育成、アイヌ文化の振興に貢献していた[2]。
Remove ads
受賞・表彰歴
脚注
Wikiwand - on
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Remove ads