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新磯村
日本の神奈川県高座郡にあった村 ウィキペディアから
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新磯村(あらいそむら)は、1889年(明治22年)から1941年(昭和16年)にかけて神奈川県高座郡に存在した町村制による自治体である。現在は相模原市南区の一部である[1][2]。
歴史
村名の由来
旧村名の新戸、磯部からの合成地名。
沿革
軍施設
1937年(昭和12年)に陸軍士官学校の座間への移転に合わせて、麻溝村から南隣の新磯村にかけての台地上の土地の大部分が陸軍に買収され、士官学校の演習場とされた。
陸軍に演習場として土地を買収された麻溝村・新磯村の失地耕作者の対応として麻溝台東端付近一帯に、昭和11年12月認可の「芝野耕地整理組合」を設立。しかし面積は失地地積の六分の一に過ぎず、さらに昭和12年12月知事の認可を得て「芝原耕地整理組合」を設立した。昭和15年3月建立の記念碑が相模原公園体育館駐車場、交番の近くに移設。記念碑裏面には当時の関係者77名の名が刻まれている。尚、麻溝村失地耕作者の内30名は陸軍士官学校その他に就職した[3]。
→「陸軍通信学校 § 原町田との合併問題」も参照
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交通
鉄道路線
参考文献
- 『角川日本地名大辞典』 14 神奈川県
- 『相模原市史第4巻』発行者:相模原市長 河津 勝 発行日:昭和46年3月18日
脚注
関連項目
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