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日本歯科医師会
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公益社団法人日本歯科医師会(にほんしかいしかい)は、各都道府県歯科医師会を法人会員として、都道府県歯科医師会会員となっている歯科医師を個人会員として組織される職能団体。1903年[1]に高山紀齋などによって設立された。国民へ歯科に関する予防・啓発事業などを実施している。
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事業
職能団体として、歯科に関する啓蒙、啓発活動や患者および歯科医師の権利を守るための社会的活動などを行っている。戦前・戦中など、強制加入の時代も存在したが、現在、歯科医師の加盟は任意である。全国47都道府県に都道府県歯科医師会を組織している。組織準会員などの制度もあり大学病院などの勤務医や大学の教授などがなる場合が多い。
沿革
歴代日本歯科医師会会長
要約
視点
- 大日本歯科医会時代
期間: 1903年(明治36年)11月27日 - 1907年(明治40年)3月31日
- (高山紀斎 1906年〈明治39年〉12月辞任、同年12月より榎本積一会長代行)
- 日本聨合歯科医会時代
期間: 1907年(明治40年)4月1日 - 1918年(大正 7年)3月31日
- 常務委員長: 榎本積一 (1907年〈明治40年〉4月1日 - 1918年〈大正7年〉3月31日)
- 日本聨合歯科医師会時代
期間: 1918年(大正7年)4月1日 - 1926年(大正15年)11月 9日
- 会長: 榎本積一 (1918年〈大正7年〉4月1日 - 1918年〈大正7年〉12月7日)
- (榎本積一 1918年〈大正 7年〉12月7日辞任、同年12月8日より血脇守之助会長代行)
- 血脇守之助 (1919年〈大正8年〉4月15日 - 1926年〈大正15年〉11月9日) - 高山歯科医学院(現在の東京歯科大学)卒業
- 第1次日本歯科医師会時代
期間: 1926年(大正15年)11月10日 - 1943年(昭和18年)1月27日
- 会長: 血脇守之助 (1926年〈大正15年〉11月10日 - 1943年〈昭和18年〉1月27日) - 高山歯科医学院(現在の東京歯科大学)卒業
- 第2次日本歯科医師会時代
期間: 1943年(昭和18年)1月28日 - 1948年(昭和23年)3月31日
- 会長: 血脇守之助 (1943年〈昭和18年〉1月28日 - 1946年〈昭和21年〉2月10日) - 高山歯科医学院(現在の東京歯科大学)卒業
- 加藤清治 (1946年〈昭和21年〉2月11日 - 1947年〈昭和22年〉12月26日)
- (加藤清治 1947年〈昭和22年〉12月26日辞任、同年12月26日より西村豊治会長代行)
これまでの歴代会長は、東京歯科大学、日本歯科大学、大阪歯科大学、日本大学歯学部の、いわゆる伝統校(旧制歯科医学専門学校)からのみ輩出されている。このことからも、「歯科の歴史は私学」ともいわれる。
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日歯連事件
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2004年春に日歯会の政治団体である日本歯科医師連盟による診療報酬を巡る汚職事件や日歯会長選に絡む横領と政界に絡む選挙買収や闇献金が発覚。[要出典]
日歯連幹部6人、中医協委員2人、自由民主党国会議員2人、自民党派閥会計責任者、地方議員5人ら計16人が起訴され、全員の有罪が確定した。[要出典]
関連項目
脚注
参考文献
外部リンク
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