トップQs
タイムライン
チャット
視点
松田敏博
ウィキペディアから
Remove ads
松田 敏博(まつだ としひろ、1948年3月21日 - )は、日本のプロゴルファー。
来歴
1974年にプロ入りし[1]、1976年の中部オープンでは3日目に陳健振(中華民国)と並んでの4位タイ[2]に着け、最終日には陳健・鈴木豊・鈴村照男・大場勲・呂良煥(中華民国)に次ぐ6位[3]に入った。
1978年のKBCオーガスタでは初日を吉川一雄・菊地勝司・小林富士夫・安田春雄・関水利晃・山田健一、ベン・アルダ(フィリピン)、久保四郎と共に4アンダー68の5位タイ[4]でスタートし、2日目には吉川と共に中村通・謝永郁(中華民国)・横島由一と並んでの8位タイ[5]、3日目には謝敏男(中華民国)、ジーン・リトラー(アメリカ)、安田と共に山田・杉原輝雄・新井規矩雄・横島・アルダ・鷹巣南雄ら5人の首位集団から2打差8位タイ[6]に着けた。
1980年の岐阜関カントリー倶楽部開場15周年記念「岐阜関チェリーカップトーナメント」[7]では2日目に高橋五月・寺本一郎・川上実と並んでの5位タイ[8]に浮上し、最終日には藤木三郎・寺本・豊田明夫と並んでの5位タイ[9] [10]に留まった。
1991年の中部オープン[11]を最後にレギュラーツアーから引退し、1993年には三重県オープンで優勝[12]。
現在は所属する三重県四日市市の大型ゴルフ練習場「四日市インターゴルフ」で月曜日、水曜日、金曜日にレッスンを担当[13]。
Remove ads
主な優勝
- 1993年 - 三重県オープン
脚注
外部リンク
Wikiwand - on
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Remove ads