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枕崎漁港
鹿児島県枕崎市にある漁港 ウィキペディアから
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枕崎漁港(まくらざきぎょこう)は、鹿児島県枕崎市にある漁港。特定第3種漁港[1]。管理者は鹿児島県[2]。
概要

九州・薩摩半島の最南端に位置する漁港で、水産業の振興のためには特に重要だとして、政府が指定する特定第3種漁港の全国13港のひとつ[3]。2024年の年間水揚げ量は66,304トン、水揚げ金額は147億850万円[5]。青森県八戸市の調べでは、全国の漁港の中で数量が8位、金額が11位となっている[6]。
カツオを漁獲する遠洋漁業の水揚げ基地として知られる[7]。同年の水揚げ量のうち、海外巻き網漁業が41,007トンと、全体の62%を占める[5]。魚種別水揚げもカツオ類が55%、マグロ類が10%と、同漁業の水揚げ魚種が3分の2を占める[5]。青物漁業の水揚げも23,400トンあり、サバやイワシ類、アジ類が扱われる[5]。
鹿児島県が漁港の管理、枕崎市漁業協同組合が鮮魚の荷揚げ業務などを行う。また、地方卸売市場の枕崎市漁業協同組合地方卸売市場が併設されており[8]、同組合が買受人に対し、競りなどによる共同販売を行なっている。
水揚げ、荷さばき場は、マダイやキビナゴなどの沿岸漁業漁船の内港、サバ、アジ、イワシの巻き網漁船の外港北側、冷凍カツオやマグロの海外巻き網漁船の外港南側の3地区に分かれる[9]。
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歴史
要約
視点
枕崎は江戸時代の正徳年間まで寒村だったが、その前の宝永年間に紀州の森弥兵衛が鰹節製造法を伝え、鰹節の産業とカツオ漁業の興りとなったとされる[10]。1723年(享保8年)、隣村の坊泊(現在の坊津町泊)で江戸幕府による抜け荷の取り締まり「唐物崩れ」が起きる[10]。坊泊は抜け荷が盛んで、なおかつカツオの主産地だったが、その船の多くが枕崎に逃避してきた[10]。領主の喜入氏はこれらの船の船主にカツオ漁業の特権を与えた[10]。これにより明和年間には、漁船170隻、300人が周年でカツオ漁業に従事[10]。カツオ漁業基地への基盤が整うきっかけとなった[10]。1775年(安永4年)には喜入久福が長さ110メートル、幅18メートルの人工堤防を湊に建造させた[10]。
1895年(明治28)年7月24日、鹿児島の黒島付近を通過した台風による大規模な海難事故「黒島流れ」が発生[11]。枕崎でもカツオ漁船29隻が被害を受け、23隻が沈没した[11]。

漁港は、1914年(大正3年)から修築工事が始まり、1918年(大正7年)に南防波堤と西防波堤が完成[12]。1922年(大正11年)、内務省から指定漁港の指定を受けた[12]。大正末期から昭和初期にかけ、南方漁場の開発が推進されるようになると、他県の漁船も枕崎や山川漁港に拠点を置くようになる[12]。 1934年(昭和9年)には荷揚用岸壁も完成した。しかし、第2次世界大戦で多数のカツオ漁船が政府に徴用された。多くの船が撃沈するなど、多大な被害を受けた[7]。
戦後の1949年(昭和24年)から第1次漁港修築事業が開始[7]。1950年(昭和25年)の年間漁獲量が戦前の最盛期(1937年)を超えた[7]。1951年(昭和26年)には第3種漁港の指定を受けた[7]。1960年(昭和35年)からは新港の整備が始まり、1970年(昭和45年)に完成した[7]。1969年(昭和44年)には特定第3種漁港の指定を受けた[7]。
1977年(昭和52年)から1985年(昭和60年)にかけて行われた整備では、46万平方キロメートルに及ぶ外港が完成[7]。1999年(平成11年)にはマイナス9メートルの岸壁が建設された[7]。マイナス9メートルの岸壁ができたことで、大潮の干潮時でも大型の海外巻き網船の着岸が容易にできるようになった[7]。同年、漁港として日本初の開港、無線検疫対象港の指定を受けた[7]。
1987年(昭和62年)、漁港周辺を中心に、全国豊かな海づくり大会が開催された[13]。
沿革
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主な水揚げ魚種
2018年〜2024年の水揚げのうち、カツオ類が3〜5万トンで推移する[5]。一方、サバは2018年の2万トン台から減少傾向が続き、2024年は1万トンを割り込んでいる[5]。アジ類は5,000トン前後で安定、イワシ類は増加傾向で2024年は5,000トンを上回った[5]。
カツオは海外巻き網船による水揚げが大半[5]。カツオ一本釣り漁業は826トン(2024年)の水揚げがあった[5]。
枕崎市漁業協同組合は自営の遠洋一本釣り船「第3協洋丸」に2005年(平成17年)、活け締め装置が搭載されたのを機に、釣り上げた直後に活け締め、脱血してブライン(塩水)凍結にかけたカツオを「枕崎ぶえん鰹」と命名[15]。「ぶえん(無塩)」とは、塩をしていない新鮮な魚を指す枕崎の言葉で、「ぶえんのように新鮮」という意味を込めた[16]。もちもちとした食感や、鮮やかな色合い、生臭さがないことなどを売りに、主に刺身として売り込んでいる[15]。
脚注
参考文献
関連項目
外部リンク
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