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横井忠道

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横井 忠道(よこい ただみち、1893年明治26年)4月19日[1] - 1961年昭和36年)11月18日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。

概要 横井 忠道, 生誕 ...

経歴

1893年(明治26年)に東京府で生まれた[1]陸軍士官学校第25期卒業[1]1938年(昭和13年)4月にハイラル特務機関長に就任し[2]1939年(昭和14年)3月9日陸軍歩兵大佐に進級[2]11月27日留守第11師団司令部附となり[2]1940年(昭和15年)6月に近衛歩兵第3連隊補充隊長に就任した[2]1942年(昭和17年)4月に歩兵第109連隊長(第13軍第116師団・歩兵第20旅団)に就任し[1][2]日中戦争に出動[1]安慶に駐屯して同地の守備に就いた[1]。その後留守近衛第2師団司令部附を経て、1943年(昭和18年)6月28日高知連隊区司令官に就任した[3]

1945年(昭和20年)3月31日に高知地区司令部部員となり[4]5月23日に編制された独立混成第121旅団[5]第2総軍第15方面軍第55軍)の旅団長に6月1日に就任し[1]6月10日に陸軍少将に進級した[2]。同旅団は徳島県勝浦本土決戦に備え[5]、終戦を迎えた[1]

1947年(昭和22年)11月28日、公職追放仮指定を受けた[6]

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脚注

参考文献

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