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沖港

東京都小笠原村の母島にある港 ウィキペディアから

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沖港(おきこう)は、東京都小笠原村母島にある地方港湾統計法に基づく港湾調査規則では乙種港湾に分類される[5]

概要 沖港, 所在地 ...
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接岸中の「ははじま丸」から見た港内。奥正面に突堤が見える。
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船客待合所

解説

母島の南西部に位置する元地集落の近くにあり、村役場がある父島との間を結ぶ定期船「ははじま丸」が発着する[6]。母島においては「ははじま丸」が島外との唯一の交通手段であるため、当港は島民の生活維持のため必要不可欠な施設となっている[7]。また、周辺海域における船舶の避難・休憩や補給基地としての役割も担う[7]

2021年の発着数は2,285隻(150,398総トン)[1]、利用客数は22,019人(乗込人員11,015人、上陸人員11,004人)であった[4]

歴史

太平洋戦争後にアメリカ合衆国に占領されていた小笠原諸島1968年昭和43年)に返還された当時、当港にはが着岸できる程度の小突堤しかない状態であった[8]。このため早急に整備が進められることとなり、1970年8月28日に東京都管理の地方港湾に指定された[6]

  • 1970年(昭和45年)度 - 本格的な突堤補強工事を実施、寄港船舶に対応する設備として応急的に使用。
  • 1973年(昭和48年) - 岸壁 (-4.5 m) 65 m完成、貨客船の接岸が可能となる。
  • 1976年(昭和51年) - 船揚場50 m完成。「第2弥栄丸」(片道3時間30分)就航。
  • 1978年(昭和53年) - 防波堤A完成。
  • 1979年(昭和54年) - 初代「ははじま丸」(片道2時間20分)就航。
  • 1981年(昭和56年) - 防波堤B完成。
  • 1982年(昭和57年) - 物揚場・船客待合所完成。2代目「ははじま丸」(片道2時間10分)就航。
  • 1983年(昭和58年) - 11月の台風17号により、防波堤の消波ブロック約300個が飛散、工事用の100トンクレーンが流出するなどの被害が発生。
  • 1991年平成3年) - 外防波堤(西)完成。
  • 1993年(平成5年) - 外防波堤(東)完成。
  • 1995年(平成7年) - 岸壁を145 mに延伸し2バースとなり、貨客船と貨物船の同時接岸が可能となる。
  • 1999年(平成11年) - 脇浜なぎさ公園完成。
  • 2003年(平成15年) - 新船客待合所完成。
  • 2011年(平成23年) - 日よけ施設完成。
  • 2014年(平成26年) - 泊地浚渫工事開始。
  • 2016年(平成28年) - 浚渫工事と岸壁の延伸を実施、岸壁 (-5 m) 180 mとなる。3代目「ははじま丸」(片道2時間)就航。
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航路

おおむね週に5便運航[9]

このほか、貨物船「共勝丸」が東京港(月島埠頭) - 二見港 - 沖港間を不定期に運航しているが、旅客営業は行っていない。

港湾施設

脚注

参考文献

関連項目

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