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知久則直

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知久 則直(ちく のりなお)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武士交代寄合旗本伊那衆知久氏13代当主。

概要 凡例知久則直, 時代 ...

略歴

知久氏は信濃国伊那郡国人

天正6年(1578年)、知久頼氏の子として誕生。母は遠江国入野の木寺宮の娘。

6歳の時、遠江浜松城徳川家康に拝謁し、天正13年(1585年)の父の自殺後は菅沼定利、後に大久保忠世に預けられる。天正19年(1591年)家康が上洛時に大久保氏の小田原城に寄った際に、廩米300俵で召し出され、江戸田安に屋敷を賜り小姓となる。慶長5年(1600年関ヶ原の戦いに供奉し、翌慶長6年(1601年伊那郡3000石を賜り、阿島陣屋を築く。

慶長19年(1614年大坂冬の陣では伊那郡浪合関を守衛し、元和元年(1615年大坂夏の陣では松平乗寿軍に属し、枚方に布陣した。元和6年(1620年伏見城徳川秀忠に拝謁した際、伊那郡浪合関、小野川関、帯川関、心川関を預地として託される。

寛永21年(1644年)1月2日、死去。享年67。

出典

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