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礒恒之
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礒 恒之(いそ つねゆき、1975年11月29日 - )は、栃木県[1]出身の元プロ野球選手(投手)。
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経歴
小学5年の時に父がコーチを務めるチームで野球を始める[1]。栃木・黒羽高校では1年秋からエースだった[1]。卒業後、城西大学に入り、4年春に6勝を挙げ首都大学野球リーグ初優勝に貢献し、最優秀投手に選ばれた[1]。秋は最下位となるも入替戦の3戦目は完投で1部残留を決めた。大学通算38試合に登板、15勝10敗[1]。
1997年のプロ野球ドラフト会議で千葉ロッテマリーンズから4位指名を受け入団[1]。
ルーキー時代から全身を大きく使った豪快なフォームから繰り出す140km/h台後半のキレのあるストレートを武器に先発・中継ぎとして登板。1998年にロッテがプロ野球記録となる18連敗を喫した際に、13連敗目と15連敗目の敗戦投手となった。その年以降活躍を期待されるも1軍での出番は減少。2002年は1軍登板はなく、同年限りで退団[1]。
翌2003年、社会人野球の住友金属鹿島に元阪神タイガースの吉田浩とともに入部[1]。
2005年は佐川急便の軟式野球部でプレーし、翌年よりロッテが技術提供を行っている中国リーグ江蘇ホープスターズで選手兼コーチとしてプレー。
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詳細情報
年度別投手成績
記録
- 初登板:1998年4月19日、対日本ハムファイターズ3回戦(長崎ビッグNスタジアム)、1回裏2死に2番手で救援登板、3回1/3無失点
- 初奪三振:同上、1回裏に田口昌徳から
- 初先発・初勝利:1998年4月30日、対オリックス・ブルーウェーブ5回戦(千葉マリンスタジアム)、5回1失点
- 初完投勝利:1998年8月5日、対オリックス・ブルーウェーブ20回戦(千葉マリンスタジアム)、5回1失点(雨天コールド)
- 1球敗戦投手:1999年9月15日、対西武ライオンズ23回戦(西武ドーム)、9回裏無死に垣内哲也に左越サヨナラソロ ※史上15人目
背番号
- 47 (1998年 - 2002年)
- 36 (2006年 - 2007年)
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脚注
関連項目
外部リンク
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