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粕川村 (群馬県)
日本の群馬県勢多郡にあった村 ウィキペディアから
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粕川村[1][2](かすかわむら)は、群馬県勢多郡に存在した村。2004年12月5日をもって大胡町、宮城村とともに前橋市へ編入合併され、独立した行政としての粕川村はなくなった。現在、粕川村であったところの住所は前橋市粕川町「かすかわまち」となった。また、伊勢崎市、太田市にも「粕川町」がありいずれも「かすかわちょう」である。
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地理
群馬県のほぼ中央に位置し、目の前には赤城山があり、南北に粕川が流れ、上毛電気鉄道が西東に横断している。南北に長く広がっておる。冬には北西からからっ風が吹く。
- 山: 赤城山
- 河川: 粕川
隣接していた自治体
歴史
- 1889年(明治22年)に14村が合併し粕川村となる。村名は村内で行われる400年以上も続く神事、ささら祭りの儀式の中で、川に酒粕を流したことに由来している。
- 1939年(昭和14年)、粕川村で強盗殺人事件が発生[3]。
- 1966年(昭和41年の出生数の減少)の「ひのえうま」に際し、金子裕(粕川村長)が主導して「迷信追放の村」を宣言、村役場は丙午の迷信には根拠がないことを広報するなど取り組んだことで全国的な注目を集めた[4]。

- 合併後の住所
- 合併に際しての住民アンケートで住所に関して下記のような候補が挙げられた(○○は粕川村の時の大字名が入る)。
- 前橋市粕川町○○
- 前橋市粕川町
- 前橋市○○町
- このアンケートの結果、多くの人に支持を得た、前橋市粕川町○○が決まった(例:粕川村大字西田面 → 前橋市粕川町西田面)。
- 合併後も粕川の名が残る形となった。同じく合併する大胡町、宮城村は、前橋市○○町と旧大字名が市の町名になった。大胡町の場合は大字名に大胡という地名があるため名前が残ったが、宮城村は大字名に宮城という名がないため住所から宮城という名は消滅した形となった。
- 合併に際しての住民アンケートで住所に関して下記のような候補が挙げられた(○○は粕川村の時の大字名が入る)。
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行政
要約
視点
行政区は西田面、新屋、稲里、前皆戸、膳、上東田面、下東田面、女渕、込皆戸、深津、一日市、中、月田、室沢[2]。村長、助役、収入役は以下の通りである。
村長[5]
助役
- 瀬下渉[2]
収入役
- 阿久沢知五郎[2]
経済
産業
- 産業人口(1999年)
- 第一次産業人口 828人
- 第二次産業人口 2339人
- 第三次産業人口 3030人
- 農業
1930年に刊行された『市町村治績録 改訂第2版』によると、産物は米7599石、麦、繭[2]。『大日本篤農家名鑑』によると、粕川村の篤農家は猪熊、岩田、渡邊、金井、田島、中島、長澤、上田、牛房、倉本、山上、松島、深澤、後閑、北爪、望月、森、茂木、角田姓の人物がいた[6]。
人口
1912年刊行された『帝国地名辞典 上巻』によると、人口は6139[1]。1930年に刊行された『市町村治績録 改訂第2版』によると、戸数は1200、人口は8853[2]。
地域
大字
粕川村で使われていた大字は、下記の通り前橋市に合併された際、前橋市粕川町○○のようになった。
健康
- 平均年齢
教育
交通
鉄道路線

道路
- 高速道路
- 最寄りインターチェンジは北関東自動車道・伊勢崎インターチェンジ(伊勢崎市)
- 一般国道
- 県道
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事


- 膳城(県指定史跡)
- 粕川歴史民俗資料館
出身有名人
出典
参考文献
関連項目
外部リンク
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