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須田皖次
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須田 皖次(すだ かんじ、1892年〈明治25年〉5月1日[1][2][3] - 1976年〈昭和51年〉2月19日[1][4][2][3])は、日本の海洋学者(理学博士)。東海大学名誉教授、初代海上保安庁水路部長をつとめた。
生涯
群馬県勢多郡横野村樽[2](赤城村[1][1]を経て現・渋川市)生まれ。1913年(大正2年)群馬県師範学校本科第一部卒業[1][1]、1917年(大正6年)東京高等工業学校教員養成所卒業[1][1]。同年逓信省技手となる[1][1]。
1921年(大正10年)東北帝国大学理学部物理学科を卒業[1][1][2]。同年神戸海洋気象台入所[1][3][1]。イギリス・アメリカ・ノルウェーへの留学を経て、1932年(昭和7年)中央気象台福岡支台長となった[1][1]。1938年(昭和13年)、“On the dissipations of energy in the density current” (密度流内のエネルギーの損失に就いて)により理学博士(東北帝国大学)[5]。
1946年(昭和21年)運輸省水路部長となり、1948年(昭和23年)海上保安庁発足に伴い同水路局長、1949年同水路部長となる[1]。1959年(昭和34年)水路部長を退任[1][4]。三洋水路測量株式会社代表取締役社長、のち相談役として勤務[1][4]。
1962年(昭和37年)より1969年(昭和44年)まで東海大学海洋学部教授[1]、その間1962 - 1966年同海洋学部長をつとめた[1][4]。その後同名誉教授となった[1][4]。地震学・海洋学・東北冷害の研究で知られる[3]。
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著書
共編著
論文
脚注
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