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1965年ベルギーグランプリ

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1965年ベルギーグランプリ
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1965年ベルギーグランプリ (1965 Belgian Grand Prix) は、1965年のF1世界選手権第3戦として、1965年6月13日スパ・フランコルシャンで開催された。

概要 レース詳細, 日程 ...

本レースには25回目の「ヨーロッパグランプリ」の冠がかけられた[注 1]

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レース概要

ジム・クラークロータス・33で大雨のレースを制した。

レース主催者とファクトリーチームとの問題は、前戦モナコGPチーム・ロータスの撤退をもたらしたが、本レースも当初は決勝への出走台数を16とし、ファクトリーチームのうち12台に対してスターティングマネーの支払いと決勝への出場を保証したことから、プライベートチームの10台には4つのグリッドしか認められなかった。プライベートチームはこれに抗議し、金曜日の走行を見合わせた。協議の結果、プライベートチームを含めた20台が土曜日の予選に参加した[1][2]

グラハム・ヒルポールポジションを獲得し、クラークとジャッキー・スチュワートフロントローに並んだ[注 2]ホンダリッチー・ギンサーは4位となり、ジャック・ブラバムとともに2列目、前年度王者のジョン・サーティースは、ロブ・ウォーカーヨアキム・ボニエジョー・シフェールとともに3列目を占めた[1]

大雨に見舞われた決勝[3]は、ヒルがクラークからリードするが、クラークはマスタキンクでヒルを抜き、そしてすぐに引き離していった。ヒルはエンジンの不調に苦しみ、スチュワートにも抜かれていった。18周目にはブルース・マクラーレンにも抜かれ、レース終盤にはブラバムにも抜かれて5位に終わった[1]。クラークは全周回でトップを走り、残り3分の1となった時点で、2位のスチュワートに1分20秒の差を付けていた。最後の6周はペースを落とし、チェッカーフラッグが振られた時は、スチュワートとの差は45秒弱にまで縮まっていた[4][5]。ギンサーは6位に入賞し、ホンダに初のポイントをもたらした[6]レグ・パーネル・レーシング英語版リチャード・アトウッドは7位を走行中のレース終盤に電信柱へ飛び込んでしまい、彼は重症を負わなかったものの、マシンは出火して爆発し、大きく損傷した[1]

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エントリーリスト

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追記
  • ^1 - マシンが準備できず[8]
  • ^2 - 遅すぎたため、出場を取りやめた[8]
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結果

予選

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決勝

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ラップリーダー[11]

第3戦終了時点のランキング

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  • : トップ5のみ表示。ベスト6戦のみがカウントされる。

注釈

  1. 当時は毎年各国の持ち回りにより、その年の最も権威のあるレースに対して「ヨーロッパGP」の冠がかけられていた。
  2. 本レースのスターティンググリッドは3-2-3。 Belgium 1965 - Starting grid”. statsf1.com. 2019年2月10日閲覧。

脚注

参照文献

外部リンク

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