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岡啓輔

日本の建築家 ウィキペディアから

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岡 啓輔(おか けいすけ、1965年[1] - )は日本の建築家。一級建築士であり[1]、大工、ダンサー、セルフビルダーとしても活動する[2]

略歴

福岡県柳川市に生まれる。筑後市船小屋温泉で育つ[3]。1981年、大牟田市の国立有明工業高等専門学校建築学科に入学[4]、1986年、同校を卒業。会社員などを経て、1988年から高山建築学校の活動に参加を始めた。その後、建築の勉強にのめり込んでいた頃、倉田康男から「建築だけやっていて建築家になれるほど、建築は甘くない」と、1年間の「建築禁止令」を出された。その間に和栗由紀夫から舞踏に誘われ、ダンサーとしても活動することとなった[5]

1993年、セルフビルドを活動の中心とする岡土建を旗揚げした[6]。1995年から2003年まで岡画郎の運営を行なった[3]。岡画郎は、自由に参加できる参加型の場であり、不特定多数の参加者が集うことができた。参加者はテーマを定め、討議して、その場によっては作品制作や展示を行なった[6]

2003年、蟻鱒鳶ルの案が「SDレビュー」に入選する。選考委員の藤森照信が、地下1階で地上3階の鉄筋コンクリート造の自宅を、セルフビルドで建設するという計画を高く評価したことによる(藤森賞を受賞)[7]。2005年11月末に着工し、東京都港区の三田にて、RC造の蟻鱒鳶ル(アリマストンビル、建築面積25平米、延べ床面積100平米)を敷地面積12坪(40平米)の土地[8]で造り始め、竣工を目指している[9]。200年もつ[10]といわれたコンクリートによって、70cmの打設により、建設されている。

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脚注

参考文献

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