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サムエル・アダメス
ドミニカ共和国の野球選手 (1994-) ウィキペディアから
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サムエル・アダメス(Samuel Adames、1994年9月27日 - )は、ドミニカ共和国アスア州出身のプロ野球選手(投手)。北米独立リーグであるメキシカンリーグのレオン・ブラボーズ所属。
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経歴
プロ入りとロイヤルズ傘下時代
2014年にアマチュアFAとしてカンザスシティ・ロイヤルズと契約。ルーキー級のドミニカン・サマーリーグで2年間プレーし、22試合に登板、3勝2敗1セーブ、防御率3.56という成績で、被本塁打を1本も許さなかった[1]。
巨人時代
2016年4月18日に読売ジャイアンツが育成契約での獲得を発表した。背番号は025[2]。
2016年は二軍での登板はなかった。
2017年は開幕を二軍で迎えると、3月19日の対東京ヤクルトスワローズ戦では、先発として6回を投げ、4安打3三振無失点の好投で二軍初勝利をあげた。この年はイースタン・リーグ26試合に登板し、4勝4敗、防御率3.16の成績を残した[3]。
2018年は二軍で主にクローザーとして起用され、6月15日までに19試合登板、1勝1敗、防御率2.18、リーグトップとなる11セーブを記録[4]。6月16日に支配下選手登録された[4]。背番号は92。即日一軍登録され、24日の東京ヤクルトスワローズ戦でデビュー。一軍では中継ぎや抑えとして28試合に登板し、0勝2敗4セーブ3ホールドを挙げた。
2019年は外国人枠の関係もあり前年より登板数が減少し、また防御率も6点台に悪化した。10月1日、球団から来シーズンの契約を結ばないことを通告された[5]。オフの10月28日に第2回WBSCプレミア12のドミニカ共和国代表に選出された[6]。
巨人退団後
2020年2月20日に北米独立リーグであるフロンティアリーグのケベック・キャピタルズと契約したが[7]、新型コロナウイルスの感染拡大によりこの年のリーグが開催されなかったため、公式戦に出場することなく退団した。
2021年1月8日にメキシカンリーグのドゥランゴ・ジェネラルズと契約した[8]。6試合に登板したが、0勝2敗、防御率24.92という成績に終わり[9]、6月1日に自由契約となった[10]。
2021年11月、フロンティアリーグのケベック・キャピタルズと再契約した[11]。2022年はリリーフエースとして37試合に出場し、5勝5敗12セーブ、防御率2.52を記録した[12]。
2023年2月6日、北米独立リーグであるアメリカン・アソシエーションのウィニペグ・ゴールドアイズにトレード移籍した[12]。
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選手としての特徴
193センチの長身からスリークォーターで最速157km/hの速球とツーシーム、スライダー、チェンジアップを投げる。
2014年に契約したロイヤルズではドミニカのルーキーリーグでしかプレーしておらず、以降も日本、メキシコ、カナダの球団(及びドミニカ、コロンビア、ニカラグアのウィンターリーグ)という所属経歴であり、2023年現在、アメリカ合衆国を拠点とするチームに所属してアメリカ本土でプレーした経験がない[12]。
詳細情報
年度別投手成績
- 2019年度シーズン終了時
年度別守備成績
- 2019年度シーズン終了時
投手記録
- 初登板:2018年6月24日、対東京ヤクルトスワローズ11回戦(東京ドーム)、9回表に4番手として救援登板、1回無失点
- 初奪三振:2018年6月26日、対広島東洋カープ8回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、4回裏に3番手で救援登板、ヘロニモ・フランスアから見逃し三振
- 初セーブ:2018年8月4日、対中日ドラゴンズ16回戦(ナゴヤドーム)、9回表に4番手で救援登板・完了、1回無失点
- 初ホールド:2018年8月11日、対広島東洋カープ18回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、9回裏に3番手で救援登板、1回無失点
背番号
- 025 (2016年 - 2018年途中)
- 92 (2018年途中 - 2019年)
登場曲
- Daddy Yankee「Jefe」(2018年)
- Daddy Yankee「Con CaIma(feat.Snow)」(2019年)
代表歴
脚注
関連項目
外部リンク
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