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ブレニム (競走馬)
競走馬 ウィキペディアから
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ブレニム(Blenheim、1927年 - 1958年)はイギリスの競走馬・種牡馬である。
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概要
1929年、2歳時にデビュー。デビュー戦のマントンプレートから、スピーディプレート・ニューステークス・ホープフルステークスまで4連勝した後、3戦連続2着という成績を残した。
翌1930年、3歳初戦のグリーナムステークスは惨敗、2戦目の2000ギニーは4着に終わったが、6月4日、3戦目のダービーステークスを優勝。しかしそのレース中に負傷したため、ダービーステークスを最後に引退、種牡馬となった。
1936年、産駒のマームード (Mahmoud) がダービーステークスを優勝し、親子制覇を達成。同年、アメリカ合衆国のクレイボーン・ファーム、カルメット・ファーム、グリーンツリー・ファーム、ストナー・クリーク・スタッドを含むシンジケートに売却された。アメリカでは既に同名の馬がいたためブレニムII (Blenheim II) と呼ばれた。アメリカでもアメリカクラシック三冠馬ワーラウェイ (Whirlaway) を生み、1941年のリーディングサイアーに輝いている。
1958年に死亡。遺体はクレイボーン・ファームに埋葬されている。
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代表産駒
- ジェットパイロット / Jet Pilot(1947年ケンタッキーダービー)
- ドナテッロ / Donatello(1937年デルビーイタリアーノ、ミラノ大賞典)
- ビッグヴイ / Big V(キヨタケ(1959年桜花賞)の父)
- マームード / Mahmoud(1936年ダービーステークス)
- ワーラウェイ / Whirlaway(1941年アメリカクラシック三冠)
ブルードメアサイアーとしての代表産駒
- ウィストフル / Wistful(1949年ケンタッキーオークス、コーチングクラブアメリカンオークス)
- カウアイキング / Kauai King(1966年ケンタッキーダービー、プリークネスステークス)
- ナスルーラ / Nasrullah(1943年チャンピオンステークス、米リーディングサイアー4回、英愛リーディングサイアー1回)
- ルパイヨン / Le Paillon(1947年凱旋門賞)
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血統表
ブレニムの血統 | (血統表の出典)[§ 1] | |||
父系 | (ブランドフォード系) |
[§ 2] | ||
父 Blandford 1919 黒鹿毛 |
父の父 Swynford1907 黒鹿毛 |
John o'Gaunt | Isinglass | |
La Fleche | ||||
Canterbury Pilgrim | Tristan | |||
Pilgrimage | ||||
父の母 Blanche1912 鹿毛 |
White Eagle | Gallinule | ||
Merry Gal | ||||
Black Cherry | Bendigo | |||
Black Duchess | ||||
母 Malva 1919 黒鹿毛 |
Charle's O'Malley 1907 黒鹿毛 |
Desmond | St.Simon | |
Labbesse de Jouarre | ||||
Goody Two-Shoes | Isinglass | |||
Sandal | ||||
母の母 Wild Arum1911 黒鹿毛 |
Robert le Diable | Ayrshire | ||
Rose Bay | ||||
Marliacea | Martagon | |||
Flitters F-No. | ||||
母系(F-No.) | (FN:1-e) | [§ 3] | ||
5代内の近親交配 | Isinglass 4×4=12.50% St. Simon 5×4=9.38% Isonomy 5×5×5=9.38% Galopin 5×5×5=9.38% |
[§ 4] | ||
出典 |
- 半弟キングサーモン (King Salmon) は1934年のコロネーションカップ・エクリプスステークス勝ち馬。
- 全弟ヒズグレイス (His Grace) は1937年のコロネーションカップ勝ち馬。
脚注
外部リンク
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