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ヘイニー・ジマーマン
アメリカ合衆国の野球選手 (1887-1969) ウィキペディアから
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ヘイニー・ジマーマン(Heinie Zimmerman、1887年2月9日 - 1969年3月14日)は、主に1910年代に活躍したアメリカ・メジャーリーグの野球選手。主なポジションは二塁手、三塁手。ニューヨーク生まれ。右投げ右打ち。愛称は"The Big Zim"(ザ・ビッグ・ジム)。1910年代にナショナルリーグで首位打者1回、最多本塁打1回、リーグ最多打点を2度記録した。
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来歴・人物
父はドイツ移民で、1887年に12人兄弟の9番目として生まれる。1907年に当時優勝争いをしていたシカゴ・カブスに控えの内野手として加入、 ワールドシリーズ連覇を経験した。 三塁のレギュラーとなった1911年以降は、打率三割前後、25本以上の二塁打と二ケタの三塁打を毎年コンスタントに記録した。 特に1912年は打率.372を記録するとともに、リーグの最多安打、最多二塁打、最多本塁打を記録している。 1916年にはシーズン途中でカブスからジャイアンツに移籍するも、シーズンの通算打点83はリーグ最多であった。 ジャイアンツには1919年まで在籍したが、チームメイトに八百長を持ち掛けたことが発覚し追放処分となった。 1969年に故郷のブロンクスでなくなっている。
1912年の打点記録について
1912年はメジャーリーグで正式に打点数の記録を取っておらず、リーグ最多打点は後年に試合記録から算出したものである。 当初計算された1912年の打点数は、ジマーマンが99、ホーナス・ワグナーが102であったが、2013年に『1931年当時の打点記録ルールに基づいて計算した場合、 ジマーマンの打点は104でリーグ最多となる』という見解が出された。 この年ジマーマンは最多本塁打と最高打率を記録しており、打点数がリーグ一位であればこの年の三冠王となる。 なおbaseball-referenceはこれに基づいて記録を訂正している。
詳細情報
年度別打撃成績 (MLB)
- 「-」は記録なし。
- 通算成績の「*数字」は、不明年度がある事を示す。
- 太字はリーグ1位。
タイトル
- 首位打者:1回 (1912年)
- 本塁打王:1回 (1912年)
- 打点王:2回※ (1916年、1917年) ※一部1912年を最多打点とする資料あり
出典・外部リンク
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