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三原春上

平安時代初期の公卿 ウィキペディアから

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三原 春上(みはら の はるかみ)は、平安時代初期の公卿一品新田部親王の曾孫。尾張守三原弟平の長男。官位正四位下参議

概要 凡例三原春上, 時代 ...

経歴

弾正大忠民部大丞式部大丞蔵人を経て、嵯峨朝末の弘仁11年(820年)47歳にしてようやく従五位下叙爵。同年伊賀守に任ぜられる。

弘仁14年(823年淳和天皇即位すると京官に復し、中務少輔右少弁を兼ね次いで主殿頭に転任する。また同年従五位上、翌天長元年12月(825年1月)正五位下、天長2年(825年従四位下蔵人頭と淳和朝で急速な昇進を果たし、天長5年(828年)参議に任ぜられ公卿に列した。またこの間、下総守兵部大輔・弾正大弼などを歴任している。参議昇進後も、天長8年(831年)従四位上、天長10年(833年)正四位下と累進し、議政官として右大弁・式部大輔治部卿などを務めた。

仁明朝に入ると、嵯峨源氏や天皇と親族関係にある橘氏公藤原良房らが急速に台頭する傍らで昇進は止まるが、弾正大弼・治部卿・伊勢守などを歴任した。承和10年(843年)4月上表して致仕。承和12年(845年)11月18日卒去享年72。最終官位は参議正四位下。

漢詩作品1首が『経国集』に採録されている。

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官歴

注記のないものは『六国史』による。

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脚注

参考文献

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