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中村義春
日本の声楽家 ウィキペディアから
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中村 義春(なかむら よしはる)は、日本の声楽家(バリトン)、オペラ歌手、音楽教育者、合唱指揮者、作曲家。東京学芸大学名誉教授、洗足学園音楽大学名誉教授[1][2]。
経歴
1956年(昭和31年)東京藝術大学声楽科卒業[3]。畑中良輔、小池寿郷[2]に師事。
公式デビューは1957年(昭和32年)二期会 ビゼー『カルメン』モラレスとなっている(それ以前の記録もある。後述)。以後、ブリテン『夏の夜の夢』ディミトリアス、プッチーニ『蝶々夫人』シャープレス、ロッシーニ『セヴィリアの理髪師』フィガロ、ヨハン・シュトラウス2世『こうもり』フランク、レオンカヴァッロ『道化師』シルヴィオ等に出演。
特に室内歌劇や日本の創作オペラに意欲的に取り組んでおり、石桁眞禮生『駈込』、佐藤眞『芥子の天人』、オムニバス・オペラ『小判狂言』、浦田健次郎『トントコトン物語』、飯田隆『真説カチカチ山』、石桁眞禮生『卒塔婆小町』等に出演。その他、NHKテレビオペラ 間宮芳生『ニホンザル・スキトオリメ』、石桁眞禮生『魚服記』にも出演。1974年(昭和49年)ザルツブルク・テレビオペラコンクールにNHKからの出品作 池辺晋一郎『死神』に出演、審査員特別賞を受賞した[1][4]。
コンサートにおいても、フォーレ『レクイエム』[5]、『第九』のバリトンソロ[6]等を務めている。
歌曲の分野においても、1975年度(昭和50年度)文化庁芸術祭において、石桁眞禮生の歌曲による「瀬山詠子・中村義春ジョイント・リサイタル」の成果に対し優秀賞を受賞した[7]。
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音楽教育者として
東京学芸大学教授、NHK放送講師、日本教育大学協会全国音楽部門大学部会長などを歴任[1]。現在、東京学芸大学名誉教授、洗足学園大学名誉教授[1][2]。
教育者として優れ、教えを受けた多数の音楽家が各方面で活躍している。門下生には、小濱妙美[8]、稲富祐香子、藤川泰彰[9]、藤井宏樹[10]、畠山茂[11]、藤谷佳奈枝[12]、片桐充千子[13]、亀井陽二[14]、坂本かおる[15]、新実真琴[16]、中島裕紀[17]、鈴木恵子[18]、廣石雄司[19]、佐竹由美[20]、岩﨑恭男[21]、三木ユリ[22]、近藤直子[23]、金木美沙枝[24]、吉見佳晃[25]、田島由衣[26]、平尾弘之[27]、十日谷正子[28]、矢野一誠[29]、益子悦子[30]、相澤宏一[31]、山田典子[32]、大貫浩史[33]、渡邊光太郎[34]、徳井えりな[35]、酒井寛子[36]、中村皇[37]、由比昌子[38]、飯塚道夫[39]、小沢祐美子[40]、牛野亮介[41]、鬼無律友[42]、杉ノ内由紀[43]、山本早苗[44]、小島聖史[45]、福井香織[46]、松崎郁未[47]、河口教昌[48]、佐々木桂子[49]、小比賀美紀[50]、佐川雅夫[51]、溝田和子[52]、寺門芳子[53]、加行尚[54]などがいる。
アマチュアとも関わりがあり、コーロ・こせやま(共立女子大学OG合唱団)[55]、若葉台混声合唱団[3]の指揮者を務めるとともに、東京学芸大学混声合唱団、東京カントライ[1][2]および青山学院大学グリーンハーモニー合唱団[56]のヴォイストレーナーを務めている。
1984年度(昭和59年度)NHK全国学校音楽コンクール 全国コンクール高等学校の部[57]、1985年度(昭和60年度)NHK全国学校音楽コンクール 全国コンクール小学校の部[58]の審査員を務めたのをはじめ、東洋英和女学院中学部の合唱コンクールの審査を例年行なう[59]など、合唱等の行事の審査員・講師も多数務めている[60][61][62]。
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楽界活動
オペラ出演歴
要約
視点
- 1954年12月 二期会 石桁眞禮生『河童譚』河童4[67]
- 1955年10月 - 11月 藤原歌劇団 二期会 江口・宮舞踊団 團伊玖磨『ききみみずきん』村の男[68]
- 1956年10月 - 11月 文部省芸術祭執行委員会 東京都教育委員会 (財)都民劇場 リヒャルト・シュトラウス『薔薇の騎士』(日本初演)料亭の給仕四人の一人[69]
- 1956年11月 - 12月 二期会 ビゼー『カルメン』モラレス[70]
- 1957年1月 二期会 ビゼー『カルメン』モラレス[71]
- 1957年4月 - 6月 二期会 グルリットオペラ協会 藤原歌劇団 ヴェルディ『椿姫』ドフォール[72]
- 1957年10月 二期会研究生第1期生卒業公演 創作歌劇の夕べ 石桁眞禮生『卒塔婆小町』男B[73]
- 1957年11月 - 12月 二期会 ヨハン・シュトラウス2世『蝙蝠』フランク典獄[74]
- 1957年12月 日本フィルハーモニー交響楽団第5回定期演奏会 ラヴェル『子供と呪文』(コンサート形式)黒猫[75]
- 1958年5月 横浜労音 ペルゴレージ『奥様女中』ウベルト[76]
- 1958年7月 二期会研究生第2回オペラ試演会 ペルゴレージ『奥様女中』ウベルト[77]
- 1959年4月 二期会研究生第2期生卒業公演 清水脩『青空を射つ男』みのる[78]
- 1959年7月 二期会 ヴェルディ『椿姫』ドゥフォール[79]
- 1959年8月 二期会 ロッシーニ『セヴィラの理髪師』フィガロ[80]
- 1960年11月 二期会 ニコライ『ウィンザーの陽気な女房たち』ドクター カーユス[81]
- 1961年5月 東京コラリアーズ ガーシュウィン『ポギーとベス』(ハイライト上演)クラウン[82]
- 1961年8月 東京コラリアーズ ガーシュウィン『ポギーとベス』(コンサート形式)クラウン[83]
- 1962年2月 - 3月 東京労音 レオンカヴァッロ『道化師』シルヴィオ[84]
- 1962年5月 - 6月 二期会 ブリテン『真夏の夜の夢』ディミートリアス[85]
- 1963年1月 二期会 ヨハン・シュトラウス2世『こうもり』フランク典獄[86]
- 1963年4月 - 6月 二期会 東京労音 プッチーニ『お蝶夫人』シャープレス[87][88]
- 1963年7月 毎日新聞社 山形県 東京文化会館 都民劇場 ヴェルディ『椿姫』ドゥフォール男爵[89]
- 1964年2月 日生劇場 ヒンデミット『ロング・クリスマス・ディナー』ブランドン[90]
- 1966年3月 NHK 間宮芳生『ニホンザル・スキトオリメ』絵かきザル・ソノトオリメ[91]
- 1968年3月 NHK 石桁眞禮生『魚服記』兄・三郎[92]
- 1968年11月 創作オペラ協会 石桁眞禮生『駈込』語り手(男)[93]
- 1969年10月 創作オペラ協会 飯田隆『真説カチカチ山』男[94]
- 1969年11月 - 12月 二期会 モーツァルト『魔笛』僧侶2[95]
- 1970年2月 東京室内歌劇場 ジャン・カルロ・メノッティ『霊媒』ゴビノー氏[96]
- 1970年9月 東京室内歌劇場 バーンスタイン『タヒチ島事件』サム[97]
- 1970年12月 東京室内歌劇場 『ダニエル物語』僧[98]
- 1971年2月 創作オペラ協会 佐藤眞『芥子の天人』長兵衛[99]
- 1971年5月 東京室内歌劇場 プーランク『ティレシアスの乳房』総支配人[100]
- 1971年11月 二期会 オッフェンバック『ホフマン物語』ジュリエッタの景 シュレミル[101]
- 1971年12月 東京室内歌劇場 ジャン・カルロ・メノッティ『アマールと夜の訪問者』ナルヒョール[102]
- 1972年2月 創作オペラ協会 オムニバス・オペラ『小判狂言』[103]
- 1972年11月 創作オペラ協会 飯田隆『真説カチカチ山』(改訂版)男[104]
- 1972年12月 東京室内歌劇場 オルフ『賢い女』ラバを連れた男[105]
- 1975年2月 東京室内歌劇場 ブリテン『隅田川-カーリュー・リヴァー』修道士(旅人)[106]
- 1975年9月 - 10月 東京室内歌劇場 ジャン・カルロ・メノッティ『アメリア舞踏会へ行く』夫[107]
- 1975年11月 創作オペラ協会 浦田健次郎『釘-トントコトン物語』山田[108]
- 1977年1月 創作オペラ協会 オムニバス・オペラ『小判狂言』[109]
- 第一話 田中均『意地』塙
- 第二話 金光威和雄『詐欺』人足C
- 第三話 飯沼信義『機略』(出演なし)
- 1977年7月 東京室内歌劇場 石桁眞禮生『卒塔婆小町』詩人[110]
- 1978年10月 東京室内歌劇場 オルフ『賢い女』ラバを連れた男[111]
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創作テレビオペラ
主なディスコグラフィー
著書
作曲作品
現認できたもののみを記した。
出典
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