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中標津駅
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中標津駅(なかしべつえき)は、北海道標津郡中標津町東2条南2丁目にかつて設置されていた、北海道旅客鉄道(JR北海道)標津線の駅(廃駅)である。電報略号はナヘ。事務管理コードは▲111705[3]。
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駅跡地には中標津町交通センターが建てられている。
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歴史
- 1925年(大正14年)5月:殖民軌道根室線の中標津停留場が設置される。
- 1934年(昭和9年)10月1日:鉄道省標津線(初代)西別駅〔→別海駅〕 - 当駅間開業に伴い開業[4][1]。釧路機関庫中標津駐泊所設置。
- 1937年(昭和12年)
- 1943年(昭和18年):殖民軌道中標津停留場が廃止となる。
- 1963年(昭和38年):中標津駐泊所の火災により、ディーゼルカー2台、モーターカー1台を焼失。
- 1968年(昭和43年)11月21日:駅舎改築、跨線橋竣工[9]。
- 1973年(昭和48年)10月18日:コンテナ基地新設。
- 1982年(昭和57年)11月15日:貨物の取り扱いを廃止[2]。
- 1984年(昭和59年)2月1日:荷物扱い廃止[2]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる[1][2]。
- 1989年(平成元年)4月30日:標津線の廃線に伴い、廃駅となる[1][2]。
駅名の由来
→「中標津町 § 町名の由来」、および「標津川 § 川名の由来」も参照
町名より。
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駅構造
廃止時点では、単式1面と島式1面、計2面3線のプラットホーム(国鉄型配線)と線路を有する地上駅であった。駅舎は、構内の北側(標茶に向かって右側)にあった。
その他に、南側に3本の主要側線があった。
貨物および荷物取り扱い廃止までは、貨物積降場が2箇所有り、1箇所は北側(駅舎側)根室標津方面に有って切欠きホームへ貨物積降線が引かれ、もう一つは南側根室標津方面の貨物ホーム、後のコンテナ取り扱い場へ引かれていた。 その他に、根室標津方面は本線左右に2本、標茶方面は南側に1本、計3本の留置線(引き上げ線)が有り、また根室標津方面の本線と南側貨物ホームの間に転車台と車庫へ向かう入出区線が1本あった。取り扱い廃止後はこれらの内の南側2本に、新たに車庫が設けられた。
- 1番線に停まるキハ22 317 根室標津行(1986年)
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利用状況
乗車人員の推移は以下のとおり。年間の値のみ判明している年については、当該年度の日数で除した値を括弧書きで1日平均欄に示す。乗降人員のみが判明している場合は、1/2した値を括弧書きで記した。
駅周辺
隣の駅
脚注
参考文献
関連項目
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