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中越信号場

北海道上川郡上川町に存在する北海道旅客鉄道の信号場 ウィキペディアから

中越信号場map
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中越信号場(なかこししんごうじょう)は、北海道上川郡上川町字中越にある北海道旅客鉄道(JR北海道)石北本線信号場である。電報略号ナコ事務管理コードは▲122510[2]

概要 中越信号場, 所在地 ...

歴史

要約
視点

かつてはとして設置されたが、現在は信号場として運用される。

Thumb
1977年の中越駅と周囲約500m範囲。右が遠軽方面。かつては少しずれた相対式ホーム2面2線で、駅裏の上川側に北見峠(石北トンネル)越え補機用蒸気機関車の転車台と待機線、駅裏に機回し線を有し、駅舎横の上川側に貨物ホームと2本の引込み線を有していた。またこの貨物ホームに隣接して木材の土場が設けられていた。この写真では、各ホームや機回し線が撤去され、新たに駅裏側ホーム跡に副本線のレールが敷かれる一方、駅舎側ホーム跡へ本線の上り線が移設されて上下線間が広げられ、その中央に短めの細い簡易型の島式ホームが設けられて1面2線+1線となっており、以前の配線とは全く異なっている。放置された転車台と、機回し線の軌道跡だけがかつての姿を残しており、土場跡には木々が植栽されている。信号場となった現在では、島式ホームも撤去されて乗降用設備は一切無くなっている。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

信号場名の由来

「中越」の地名の起こりは1892年(明治25年)9月21日に当地を通る中央道路(北見道路とも、後の国道273333号)に設置された官設駅逓、中越駅逓所である[11]

当地の留辺志部(るべしべ)川沿いには「越路(こしじ)」という大地名があり(現在も下流側に字名として残存)、これは「留辺志部」の由来となったアイヌ語の「ルペㇱペ(ru-pespe)」(道・下る・もの=峠道)の意訳に由来するとされている[12]。すでに、下流の越路には越路駅逓所が設けられていたため、越路地区と石狩北見国境(北見峠)との中間、との意で命名されたとされている[11][13]

なお、字名としては1938年(昭和13年)の字名改正で、現在の中越と上越が分割・成立するまでは「茅刈別(ちかるべつ)」という字名であった[14]。これは1907年(明治40年)に植民区画が定まり公示されたときに示された地名で、当地で留辺志部川に合流する支流チカルベツ川のアイヌ語名「チカㇽペッ(ci-kar-pet)」(われら・作る・川)に由来したものであると考えられている[11]

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構造

もともと島式ホームを備えた1面2線に、側線1本を備えた交換可能な構造となっており[15]、旅客扱い終了後にホームが撤去されている。

利用状況

旅客営業当時の乗車人員の推移は以下のとおり。年間の値のみ判明している年については、当該年度の日数で除した値を括弧書きで1日平均欄に示す。乗降人員のみが判明している場合は、1/2した値を括弧書きで記した。

さらに見る 年度, 乗車人員 ...

周辺

正面に「第二次中越官設駅逓所跡」の碑が建つ。営業末期の1993年(平成5年)発行の書籍『北海道630駅』で「付近に人家もなく国道が並走しているだけ[17]」と記されるなど、現在では人の居住は見られない。

隣の施設

北海道旅客鉄道(JR北海道)
石北本線
上川駅 (A43) - *天幕駅 - (中越信号場) - (上越信号場) - (奥白滝信号場) - *上白滝駅 (A44) - 白滝駅 (A45)
*打消線は廃駅

脚注

参考文献

関連項目

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