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加藤将斗
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加藤 将斗(かとう まさと、1972年7月23日 - )は、大阪府岸和田市[1]出身の元プロ野球選手(投手)。
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来歴・人物
清原和博と同じ岸和田シニア出身でエースピッチャーとして全国大会にも出場した[1]。東北高では1年秋からエースとなり、3年次に春の甲子園に出場[1]。同年夏は県大会の準決勝で敗れた[1]。高校時代は通算40勝2敗で2年生の秋には明治神宮大会で優勝投手も経験している。
1990年のプロ野球ドラフト会議で横浜大洋ホエールズから3位指名を受け入団[1]。
左腕からのキレのよい速球とカーブで期待され、球団名が「横浜ベイスターズ」に変更された3年目の1993年に一軍初登板を果たし、その後も中継ぎとして定着する。1994年からは先発ローテに加わり、9月23日の巨人戦では桑田真澄との投手戦を制しプロ初完封を記録。野村弘樹に続く左腕投手として期待を寄せられる。端正なマスクで女性ファンにも人気があった。しかし、同年オフの「プロ野球12球団対抗新春リレーマラソン」で左足ふくらはぎの肉離れを負って以後は低迷。1998年10月15日に球団から戦力外通告を言い渡され[2]、同年限りで現役を引退した。
現在は、横浜市内で治療院を経営しながら、中学生硬式野球クラブチームのヘッドコーチをしている。
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詳細情報
年度別投手成績
記録
背番号
- 41 (1991年 - 1998年)
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脚注
参照
関連項目
外部リンク
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