トップQs
タイムライン
チャット
視点
北見中劇
ウィキペディアから
Remove ads
北見中劇(きたみちゅうげき・1956年8月10日開業[2] - 2001年2月25日閉館)は、北海道北見市にかつて存在した日本の映画館である。
データ
歴史・概要
1956年(昭和31年)8月10日、当時釧路市内で「釧路劇場」などを手掛けていた浅川興行により、「北見中央劇場」(きたみちゅうおうげきじょう)として設立・開業される。木造モルタル2階建てで、当時は大映と日活の作品を主に上映していた[2]。
当館が開館するまでの北見市内には、1936年(昭和11年)設立の「稲荷座」を前身とした北見東宝劇場と、1940年(昭和15年)設立の「北見友楽座」、1951年(昭和26年)開業の「北見名画座」(後に北見オリオン劇場に改称)の計3館しかなかったが[注 1][注 2]、中劇開業後は再び増加に転じ、全国の映画館数がピークに達した1960年(昭和35年)時点で8館に増えた[注 3]。
1970年代に入ると北見東宝が映画館事業から撤退し、ボウリング場「ボウル北見」や飲食店などを有する地下1階・地上5階建ての商業ビルに建て替えられ[6]、同市の映画館は中劇と友楽座、北見東映、北見みゆき座の4館に半減した[注 4]。その後1977年(昭和52年)、中劇は日本ヘラルド映画の関連会社「北日本ヘラルド興業」に運営委託。これに伴う改装工事により1階を「北見中劇」、2階席のあった部分を「ミリオン座」として新たなスタートを切った。ヘラルドは同時期に北見みゆき座の運営も任され、館名を「テアトル北見」に改称。経営者と支配人は中劇と兼任していた[注 1]。
平成に入ると友楽座から改称した「シアター友楽」と先述の「テアトル北見」、タカハシグループに委託されていた日活系の「北見にっかつ劇場」(1979年開業)が相次いで姿を消し[注 1]、同市の映画館は中劇・ミリオン座ときたみ東急ホール109[注 5]の3スクリーンに減った。しかし2000年(平成12年)9月23日、北見サティ(現「イオン北見店」)内に7スクリーンのシネマコンプレックスであるワーナー・マイカル・シネマズ北見(現在のイオンシネマ北見)がオープン[8]すると、中劇の観客数は激減[3]。最終的に2001年(平成13年)2月25日をもって閉館し44年半の歴史に幕を閉じた[3]。建物は解体され駐車場となり、2024年時点の現況も同様である。
なお、中劇閉館後の2002年(平成14年)には、北日本ヘラルド興業を吸収合併させたヘラルド・エンタープライズが苫小牧日劇の経営から撤退し[注 6]、同年12月4日にオープンした旭川市のシネコン「シネプレックス旭川」に集約させた。その後2013年6月にシネプレックスがユナイテッド・シネマに吸収合併されたが、それに伴う屋号変更は行われず、引き続き「シネプレックス旭川」の名称が使用されている(2024年3月現在)[9]。
→「シネプレックス (日本の企業)」も参照
Remove ads
関連項目
- まるいいとう百貨店 - かつて北見市に存在していた老舗地元百貨店。戦前、2Fにて直営映画館「北見映画劇場(旧「丸いシネマ」)」を運営していた。
脚注
Wikiwand - on
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Remove ads
