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坂口主税
日本の政治家 ウィキペディアから
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坂口 主税(さかぐち ちから、1899年(明治32年)4月20日[1] - 1981年(昭和56年)4月27日)は、日本の政治家。衆議院議員(2期)、熊本市長(2期)を歴任した。
経歴
熊本県玉名郡賢木村(現・南関町)出身。1917年(大正6年)熊本県立玉名中学校、旧制第五高等学校を経て[2]、1923年(大正12年)東京帝国大学法学部政治学科卒業[2][3]。台湾総督府に入り、高雄、台北の各州の知事などを務め[3]、台湾新報社社長に就任する[2]。
帰国後、郷里の賢木村長に就任。1947年(昭和22年)の第23回衆議院議員総選挙に旧熊本1区(定数5)から民主党公認で立候補し、初当選した[4]。1949年(昭和24年)に再選[4]。1952年(昭和27年)の第25回衆議院議員総選挙の旧熊本1区では改進党は坂口を含め5人の候補者を擁立。5人のうち大麻唯男と石坂繁が当選し、坂口は落選した[4]。その後熊本市助役に就任。
1956年(昭和31年)の熊本市長選挙に熊本城の天守閣再建を公約に掲げて立候補し、初当選した[5]。
1960年(昭和35年)、再選。同年9月22日、鉄骨・鉄筋コンクリート造の熊本城天守閣の落成式が行われた[6]。
1963年(昭和38年)1月4日、市長を辞職[7]。同年1月29日に行われた熊本県知事選挙に無所属で立候補したが、自由民主党公認の現職の寺本広作に敗れ落選。1981年4月27日、死去。82歳没。
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脚注
参考文献
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