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塩田昌宏
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塩田 昌宏(しおた まさひろ、1957年9月24日 - )は大阪府出身のプロゴルファー。
来歴
近畿大学時代は1978年・1979年と関西学生を連覇し、1979年には日本学生4位、1980年には中日クラウンズでベストアマチュア[1]を獲得[2]。
卒業後は愛知県の貞宝カントリークラブに入社し、1983年にプロテストで合格して以降は入江勉に師事[2]。
1984年の美津濃プロ新人では大町昭義と共に浅尾琢巳の3位タイ[3]に入り、1985年の中部オープンでは井上幸一・上西紘暉・中村彰男・出口栄太郎・石井裕士・鈴村照男・中村忠夫・内田繁を抑えて優勝し[4]、日本プロゴルフトーナメント最優秀新人賞を受賞[5]。
1985年の兵庫県オープンでは初日を吉川一雄・山本己沙雄・山本洋一に次ぐと同時に森本俊治・宮本康弘と並んでの4位タイ[6]でスタートし、最終日には吉川・山本己に次ぐと同時に宮本・山本と並んでの3位タイ[7]に入った。
1986年には日本プロで湯原信光・長谷川勝治と並んでの10位タイ[8]、1987年には日経カップ 中村寅吉メモリアルで尾崎将司・直道兄弟と並んでの2位タイ[9]に入った。
1988年の第一不動産カップでは3日目に67、最終日に66と2日連続60台をマークし、謝敏男(中華民国)・尾崎直と並んでの2位タイ[10]に入った[11]。
1988年の千葉オープンでは初日を若木進一・上原忠明と共に69をマークして6位タイ[12]でスタートし、最終日には渡辺修・泉川ピート・丸山茂樹・山本己と並んでの6位タイ[13]に入った。
1989年のゼンリン福岡オープンでは松永一成・日下敏治に次ぐと同時に山本昭一・池原厚と並んでの4位タイ[14]、1990年の山口オープンでは宮田孝誠・池原・江本光と並んでの5位タイ[15]に入り、1997年のアコムインターナショナル[16]を最後にレギュラーツアーから引退。
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主な優勝
- 1985年 - 中部オープン
脚注
外部リンク
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