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大国玉神社 (桜川市)
桜川市にある神社 ウィキペディアから
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大国玉神社(おおくにたまじんじゃ)は、茨城県桜川市にある大国主命を祭神とする神社。愛称は明神さま[1]。旧名は鹿島大明神(鹿島明神)[2]。式内社(常陸国真壁郡、小社)。旧社格は郷社。旧字体で大國玉神社とも表記する。


由緒
創建は不詳。社伝では養老年間(717 - 724年)の創建としている[1]。一説に天長年間(824 - 834年)ともいわれる。
元禄12年(1699年)11月、徳川光圀は四神の幡、日月の幡鉾を奉納[1]。
古い地誌には名所「大国玉七井」として「宮前の井、久々津井、庚申前井、后の井、福泉甑井、福泉米井、福泉酒井」の紹介がある。
- 東側の生鳥居
- 西側の生鳥居
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祭神
『新編常陸国誌』に「鹿島大明神と云、社伝によりて考えふるに、祭神二座あり、東を男体宮と云ひ、西を女体宮、又物忌宮と云ふ」とあり、往古は鹿島大明神と呼ばれ、男体宮と女体宮による二社一対の構図があった。女体宮の統合は「明治の始西の宮神官の職を解かれ東の宮の神官襲職し」[3]とあり、明治期に行われた。現社地は男体宮の継承という。
女体宮の旧址は不詳だが、境内社の后神社は大国主命の正后須勢理比女命を祀っている。なお、大國玉神社の東にも后神社(単立社)があるが、こちらの祭神は平将門夫人「君の御前」で、御神体は木造女人像(后神社御神体。桜川市指定文化財)である。
祭神については「鹿嶋大神を祭れるにやあらん、又本社に伝ふる処の歌23首あり、何れも鹿島神の威霊を称へまつれるものなるをも証とすべし」といい、「大國玉神」あるいは「国神」とは各国を平治した神の尊称であり、常陸国においては武甕槌命の異名であったとしている。
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境内社
- 青麻神社
- 七拾五柱神社
- 后神社
- 八坂神社
行事
脚注
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