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奈良県立片桐高等学校
奈良県大和郡山市にあった高等学校 ウィキペディアから
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奈良県立片桐高等学校(ならけんりつ かたぎり こうとうがっこう, Nara Prefectural Katagiri Senior High School)は、奈良県大和郡山市満願寺町に所在した県立高等学校。
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概要
1983年(昭和58年)4月に、「第十二高等学校」として開設された全日制高校。奈良県立斑鳩高等学校と統合する際、新設合併により、2007年(平成19年)3月に閉校、廃止された。奈良県立高等学校で英語科を設置した最初の学校であり、国際理解教育に重点を置いていた。
校地と校舎は改築され、2012年1月より奈良県郡山総合庁舎として再利用されている[1]。
教育方針
日本国憲法、教育基本法及び学校教育法に定められた教育の精神に基づき、人権を尊重する民主的な社会の発展に貢献する国民の育成を期して推進する。このため、清新にして希望に満ちた学校づくりを目指して、「知・徳・体」の調和ある人間形成に努める。
教育目標
校訓
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沿革
- 1981年(昭和56年)12月22日 - 奈良県議会文教委員会において、奈良県立第十二高等学校建設予定地の取得を可決。
- 1982年
- 1983年
- 1984年
- 3月31日 - 北館(西部分)と西館が完成。
- 4月1日 - 普通科に英語類型を設置し、第2学年より選択履修とする。
- 1985年
- 1986年3月1日 - 第1回卒業証書授与式を挙行。
- 1987年
- 1月15日 - 格技場が完成。
- 4月1日 - 専任外国人英語指導助手を配置。
- 1988年
- 1989年(平成元年)1月18日 - 校訓(自律・創造・敬愛)を制定。地域との交流を目的として合唱と英語会話の開放講座を実施。
- 1990年
- 4月1日 - 奈良県立高等学校唯一の英語科を新設。
- 4月11日 第8回入学式を挙行。第8期生405名(普通科315名、英語科90名)入学。
- 1992年
- 1995年11月 -
韓国への修学旅行を実施し、慶州高等学校(後に東一工業高等学校、盆唐大眞高等学校)と交流。
- 1996年
- 1997年
- 1998年
- 1月13日 -
東一工業高等学校の代表教員・生徒が来日し、親善交流会を実施。
- 4月1日 - 学校設定科目として「国際理解」の授業を開講。
- 1月13日 -
- 1999年 - 奈良県立学校体育施設開放事業として、運動場の開放を開始。
- 2001年7月28日 - 第83回全国高校野球選手権奈良大会決勝戦、智辯高校に2対11で敗退し、準優勝。
- 2002年
- 2003年6月12日 - 奈良県立斑鳩高等学校との統合が決定。
- 2004年
- 2005年4月1日 - 奈良県立法隆寺国際高等学校が開校。
- 2007年
- 3月1日 - 最後の卒業証書授与式および法隆寺国際高校への引継式を挙行。片桐高校に記念碑を設置。
- 3月31日 - 奈良県立片桐高等学校閉校、廃止。
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基礎データ
所在地
アクセス
象徴
校名
学校所在地は、市制施行前の片桐村にあたり、石州流茶道の発祥の地であって、古来からの文化の香りの高さを尊び、校名に旧地名を取り入れた[2]。
校章
校章は、古くは「富緒河(トミノオガワ)として拾遺和歌集に詠まれている、学校の西を流れる富雄川と、大和を象徴する桜の花を図案化したものであって、5枚の花弁は、知・徳・体と創造力さらに国際感覚の育成を願ったものである[2]。
校歌
作詞は大上敬義、作曲は中村泰士による。歌詞は2番まであり、両番に校名の「片桐高校」が登場する。
設置する課程、学科、コース及び定員
- 普通科については、3年次より、文科型・理科型・文理混成コースの類型のいずれかに分かれる。
学校行事
文化祭
文化祭は「熱活祭」と呼ばれ、毎年9月上旬の木曜日・金曜日の2日間に渡り開催された。開催前日は全日の準備期間と開会式があった。
部活動
体育系
文化系
高校関係者と組織
高校関係者組織
高校関係者一覧
著名な出身者
脚注
関連項目
関連項目
外部リンク
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