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屋代忠正

日本の安土桃山時代~江戸時代前期の武士・大名。甲府藩家老屋代秀正長男で、安房北条藩初代藩主(1万石)。従五位下越中守。甲府藩→駿府藩家老・幕府百人組頭を勤めた ウィキペディアから

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屋代 忠正(やしろ ただまさ)は、江戸時代前期の大名安房国北条藩初代藩主。官位従五位下越中守

概要 凡例屋代忠正, 時代 ...

生涯

屋代秀正の長男として誕生。

慶長19年(1614年)、大坂冬の陣で父と共に出陣する。慶長20年(1615年)3月、甲斐国巨摩郡に4000石の所領を与えられた。元和9年(1623年)、父の死去により家督とその遺領を継ぎ、自分の所領と合わせて1万石となったため、大名となった。その後、徳川忠長御附家老となる。しかし寛永9年(1632年)10月、忠長が幕命により改易されると、連座して改易され、松平光長預かりの身となった。

寛永13年(1636年)9月、罪を許され、寛永15年(1638年)2月8日、安房国内に1万石を与えられて北条藩主となる。後に百人組頭となった。寛文2年(1662年)4月24日、69歳で死去し、跡を養嗣子の忠興が継いだ。

系譜

脚注

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