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志津川町
日本の宮城県本吉郡にあった町 ウィキペディアから
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志津川町(しづがわちょう)は、宮城県北部本吉郡にかつて存在した町である。
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地理
宮城県の北東部に位置し、西に北上山地、東にリアス式海岸の志津川湾がある。このリアス式海岸は更に南の牡鹿半島まで続くが、国道45号線および気仙沼線が内陸部から海沿いに出てくる所に位置するため、観光上有利な点となっている。志津川湾内には椿島(つばきしま)、船形島、野島などの島がある。
海岸線寸前まで山が迫っており、居住地や農耕地は、海沿いの狭いエリアや、川沿い、山の中腹などを利用している。八幡川の河口付近は比較的平地が広く、官公署や商店が集まり、町の中心部たる市街地を形成している。
- 山 :保呂羽山 - 標高372m 山頂には保呂羽神社があり林道が通じている。山域は『正鵠の森』として整備されている。
- 河川 :折立川、八幡川、水尻川
歴史
- 1875年(明治8年)10月17日 - 水沢県による村落統合にともない、志津川村・荒砥浜・清水浜が合併して本吉村(もとよしむら)が成立。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行にともない、本吉村単独で村制施行。
- 1895年(明治28年)10月31日 - 町制施行し、志津川町となる。
- 1937年(昭和12年)5月4日 - 市内五百町で火災が発生。西風に煽られて大火となり郵便局、志津川警察署、七十七銀行支店を含む約340戸が焼失[2]。
- 1955年(昭和30年)3月1日 - 入谷村・戸倉村と合併し、新制の志津川町となる。
- 1976年(昭和51年)9月3日、4日 - 集中豪雨により滝浜、長清水、藤浜などの集落で冠水。床上浸水50戸以上、床下浸水約300戸[3]。
- 1977年(昭和52年)12月11日 - 気仙沼線が全線開通し、町内に3駅が開業。
- 2005年(平成17年)10月1日 - 歌津町と合併し、南三陸町となる。
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行政
歴代本吉村長
歴代志津川町長
昭和の合併以前
昭和の合併以後
名誉町民
- 第一号 - 田中完義 昭和44.11.3推戴(宮城県町村会会長)
- 第二号 - 阿部権治郎 昭和44.11.3推戴(宮城県議会副議長)
- 第三号 - 勝倉三九郎 平成3.2.3推戴(宮城県町村会会長)
経済
産業
- 主な産業 漁業、農業
教育
小学校
少子化と市町村合併の影響を受け志津川町議会や志津川町教育委員会などで、小学校の統廃合が進められている。町内の小学校は、志津川小学校(清水、荒砥両小学校が統合)、戸倉小学校(藤浜小学校が統合)、入谷小学校の3小学校になる見込み。
中学校
- 志津川中学校
- 戸倉中学校
- 入谷中学校
高等学校
志津川中学校の西の山の中腹に位置する。1975年夏の高校野球で県代表となり、山形県代表と戦った(当時は1県から1校が全国大会に行く方式ではなかった)。
交通
鉄道
道路
観光
- 神割崎
- サンオーレそではま海水浴場(袖浜海水浴場)
その他の施設
- 宮城県海洋青年の家
町のエコロジーシンボル
脚注
関連項目
外部リンク
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