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東洋英和女学院大学短期大学部

廃止された大学 ウィキペディアから

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東洋英和女学院大学短期大学部(とうようえいわじょがくいんだいがくたんきだいがくぶ、英語: Toyo Eiwa College[注釈 2])は、神奈川県横浜市緑区三保町32[注釈 1]に本部を置いていた日本私立大学である。1950年に設置され、1999年に廃止された。大学の略称は東洋英和。

概要 東洋英和女学院大学短期大学部, 大学設置 ...

概要

大学全体

建学の精神(校訓・理念・学是)

  • 東洋英和女学院大学短期大学部における建学の精神は「敬神奉仕」となっていた。これは1928年に制定されたもので、この標語は、イエス・キリストが唱えた「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主たるあなたの神を愛せよ」や「自分を愛するように、あなたの隣の人を愛せよ」の聖書にある言葉に由来する。

教育および研究

  • 東洋英和女学院大学短期大学部には、開学当初から保育科がおかれていた。これは、1905年に現在の長野県上田市にある「上田保姆伝習所」が発端とされており、附属かえで幼稚園での教育実習も行われていた。
  • 英文科では、英語力の習得に重点を置きながら英米の言語文学文化人間社会なども学ぶことで異文化理解を深めるねらいがあった。
  • 最新である国際教養科では、西洋史、政治学言語学日本語日本文学などの開講科目があり、学科名から英文科に比べれば開講科目の領域は幅広いような印象があった。
  • 外国語科目にはギリシア語ラテン語などの科目があった。

学風および特色

  • 東洋英和女学院大学短期大学部は、1884年カナダメソジスト教会婦人ミッションによって創設された女学校が発端であり、そのことからキリスト教精神に則った教育が行われている。
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沿革

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基礎データ

所在地

象徴

  • 東洋英和女学院大学短期大学部のカレッジマークはカエデをイメージしており、メソジスト教会婦人ミッションがカナダにあったことから、その国のシンボルともなっているものを用いたものとみられる[注 12]
  • 大学歌は「東洋英和女学院」で北原白秋が作詞・山田耕筰が作曲している。
  • シンボルマークはチャペルである。

教育および研究

組織

学科

専攻科

  • 保育専攻 入学定員20名[46]
    • 短期大学で幼稚園教諭免許状または保母(現在の保育士)資格どちらか一方を取得した人がもう一つの資格を目指すための課程として設けられた。修業年限は昼間部1年制。
  • 英語専攻 入学定員20名[46]
    • 英文系の学科を卒業した短期大学の学生を対象とした専攻課程であり、本科にある英文科と開講科目が類似していた。

別科

  • なし

取得資格について

資格

  • 保育士:保育科にて設置されていた。大半の学生はこの資格を得て卒業していたものとなっている。

教職課程

研究

  • 『東洋英和女学院短期大学論集』[注釈 6]
  • 『東洋英和女学院短期大学研究紀要』[55]
  • 『研究紀要』[注釈 2]
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学生生活

部活動・クラブ活動・サークル活動

学園祭

  • 東洋英和女学院大学短期大学部の学園祭は「かえで祭」と呼ばれていた。これは、短大のカレッジマークであるカエデに因んでいるものとみられる。

スポーツ

  • チアリーディング部が1994年夏に行われた「第8回文部大臣杯争奪全日本部門別チアリーディング総合選手権大会」での短大部門で3位入賞している。

大学関係者と組織

大学関係者一覧

歴代学長

出身者

施設

キャンパス

  • キャンパスは横浜市緑区内の閑静な場所にあり、大学と同じ敷地を使用していたが、大学に統合されるまでは短期大学部独自の校舎が大学のそれよりも多く、管理・研究室、教室、大講義室、実習室の各棟が立地していた。礼拝堂・同窓会館・図書館などは大学と共同使用されていた。
  • 1990年に図書館が増築され、所蔵資料数が120,000冊になった。

学生食堂

  • 東洋英和女学院大学短期大学部には、短大独自の学生食堂(学食)も設置されていた。

対外関係

他大学との協定

  • アルビオン大学ほか

姉妹校

系列校

卒業後の進路について

編入学・進学実績

附属学校

  • かつては、東洋英和女学院大学短期大学部附属かえで幼稚園を擁していた。

関連項目

関連サイト

注釈

注釈グループ

  1. 統合先の現在地。
  2. 平成9年度より学生の募集を停止[2]
  3. 最終募集となった1996年における体制[46][47][48][49][50][51]

補足

  1. 当初は、東京都港区に所在した[1]
  2. 短期大学名 東洋英和女学院短期大学
  3. 出典[27][28][29]昨年度の資料[30]及び本年度のそれ[31]も其々参照のこと。
  4. 出典[34][35]昨年度の資料[36]及び本年度のそれ[37]も其々参照のこと。
  5. 出典[39]。うち1回生 514[40]
  6. 右記資料も参照のこと[45]

出典

参考文献

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