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柴原孝典

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柴原 孝典(しばはら たかのり、1961年8月23日 - )は、日本スタントマンスーツアクター、アクション監督神奈川県横須賀市出身。株式会社オフィスワイルド代表取締役。

概要 しばはら たかのり 柴原 孝典, 本名 ...

略歴

1976年、高校在学中にジャパン・アクション・クラブのオーディションを受け、合格し入団[1][2]

1979年東映製作の特撮テレビドラマスーパー戦隊シリーズ」の『バトルフィーバーJ』にバトルコサックのスーツアクターとして途中から参加[2]。以降、『電子戦隊デンジマン』のデンジグリーン、『太陽戦隊サンバルカン』のバルシャーク、『大戦隊ゴーグルファイブ』のゴーグルブルー、『科学戦隊ダイナマン』のダイナイエローおよびダークナイトを演じた[1][2]。現在でも本人の事務所には当時のヒーローのマスクが飾られている。

1983年、『科学戦隊ダイナマン』の途中から、同じく東映製作の特撮テレビドラマシリーズ「メタルヒーローシリーズ」の『宇宙刑事シャリバン』の撮影に活躍の場を移し、後期のシャリバンのスーツを担当[1][2]。以降、『宇宙刑事シャイダー』のシャイダー、『巨獣特捜ジャスピオン』のジャスピオンを演じた[1][2]

1984年には「ワイルドスタントチーム」を組織し、主宰。1988年には株式会社オフィスワイルドを設立し、現在までスタントマン、アクションコーディネーターとして活動している[1][2]

1995年の『超力戦隊オーレンジャー』ショー以降、親友の新堀和男竹田道弘と共に後楽園ゆうえんちヒーローショーのアクション助監督を務めている他、中国作品のテレビシリーズや映画等の監督を務め、様々な場面で活躍している。

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家族

  • 妻はかつてジャパン・アクション・クラブに在籍し、『宇宙刑事シャイダー』で共演した小島憲子[3]
  • 次女の沙季華はワイルドスタントにアクション俳優として所属している[4]
  • 孫がいる。

エピソード

アクション俳優を目指したきっかけは、小学生時代に観たスティーブ・マックイーンの映画に影響を受けたことであった[2]

JACに入団して最初に参加した作品は『メガロマン』の戦闘員役であった[2]。しかし、それは柴原が思い描いていたスタントの仕事とは異なるものであったため辞めることも考えていたが、『バトルフィーバーJ』で共演した古賀弘文の演じるバトルコサックの格好良さに衝撃を受け、JACでアクションを極めることを決意した[2]

泳ぎが苦手であり、『太陽戦隊サンバルカン』で演じたバルシャークは水に飛び込むシーンが多かったが、格好良く落ちた後は犬かきで戻ってくるという調子であったという[2]

JACを辞しワイルドスタントチームを結成した理由は、『巨獣特捜ジャスピオン』で肩の力が抜け演技が形になってきたと感じていたが、ヒーロー役は代わりがいると思うようになり、本来自身が求めていたアクションの道へ挑戦するためであったと述べている[2]

出演

特撮

テレビドラマ

映画

オリジナルビデオ

イベント

中国・監督作品

鎧甲勇士
2008年中華人民共和国で製作されたヒーロー番組である。第一部全52話からテレビドラマで公開され《鎧甲勇士》の劇場版《鎧甲勇士之帝皇侠》は2009年6月から9月に撮影、2010年の春節の休暇期間に上映された。テレビドラマの第二部《鎧甲勇士・刑天》は全60話あり2010年5月に撮影開始し2011年テレビ公開された。

バラエティ番組

  • 乃木坂工事中 第229回「1カ月ぐらいでこれやります! 乃木坂46 みんなの目標発表会 2019」(2019年10月21日) - 伊藤理々杏のアクション指導、アクション監督 / ラスボス 役
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関連項目

脚注

参考文献

外部リンク

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