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沖洲地区

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沖洲地区(おきのすちく)は、徳島市の行政上の地区である。徳島市の東岸に位置する。

概要 沖洲地区 おきのす, 国 ...

1926年に徳島市に編入された旧沖洲村と、大まかな位置は一致するが、範囲はややことなる。

地理

吉野川デルタ最下流部に位置し、かつての湿地帯や浅海が、近世以降の自然堆積干拓埋立で陸地化した土地である。

北は吉野川、南は新町川で限られる。西には沖洲川が流れるが、沖洲地区のうち末広南末広町は沖洲川の対岸にあり、福島などと陸続きである。東は紀淡海峡に面すが、東沖洲は陸続きでなく、沖合いの人工島である。

大半は住宅地。県道38号/204号などの幹線道路沿いは商業地が広がり、東沖洲は工業地である。

唯一陸上で接する西の渭東地区との境界は町境と一致せず、安宅三丁目の一部も沖洲地区に含まれるが、この境界は旧徳島市・沖洲村間の市町村境とほぼ一致している。

人口は徳島市による推計[1](2025年1月1日)。

さらに見る 町丁, 丁目・小字 ...

地形

隣接地区

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産業

砂地を利用して渭東ねぎの栽培が盛んである。

東沖洲の埋立地は工業用地になっている。

歴史

段階的に堆積干拓埋め立てされてきた地区で、ほとんどはかつての河や海である。1646年の古地図「忠英御代御山下画図」では、金沢末広は沖洲川の河道で、南北沖洲の東半分と東沖洲は海だった。

1926年に徳島市に編入された旧沖洲村とおまかに一致するが、沖洲村の大字大岡浦(現 住吉城東町)は除外される。逆に、1928年の市町村境変更で徳島市に編入された旧川内村大字金沢新田(現 金沢)を含み、また、東沖洲1986年以降の埋立地である。

年表

市町村の変遷

さらに見る 郡, 1879–1889 ...

交通

道路

さらに見る 橋, 川 ...

施設

教育機関

公共施設

商業施設

社寺・史跡

画像

出典

関連項目

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