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海犬養五百依

奈良時代の官人 ウィキペディアから

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海犬養 五百依(あまのいぬかい の いおより、生没年不詳)は、奈良時代官人宿禰官位正六位上摂津職少進勲位は勲十二等

経歴

聖武朝天平12年(740年)9月に藤原広嗣の乱が発生すると、征討軍の軍曹(第四等官)として筑紫に遠征する。同年10月に肥前国松浦郡値嘉島長野村(現在の長崎県北松浦郡宇久町小浜郷長野。五島列島宇久島内)にて安倍黒麻呂藤原広嗣とその従者らを捕らえると[1]、11月に大将軍・大野東人の命令を受けて、五百依は広嗣の従者の三田兄人ら20数名遠征軍の本陣に連行した[2]

その後、橘諸兄の家令を務めたほか、孝謙朝から淳仁朝にかけて右京少進摂津職少進を歴任した。

官歴

注記のないものは『続日本紀』による。

脚注

参考文献

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