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源相職

平安時代前期から中期の貴族。従四位下・右大弁、左大弁 ウィキペディアから

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源 相職(みなもと の すけもと)は、平安時代前期から中期にかけての貴族文徳源氏中納言源当時の子。官位従四位下右大弁

概要 凡例源相職, 時代 ...

経歴

六位蔵人を経て、朱雀朝にて従五位下右少弁に叙任された後、承平6年(936年五位蔵人に任ぜられる。

天慶2年(939年平将門の乱にて、武蔵武芝の兵に包囲された源経基が逃げ出して平安京に到着後、平将門興世王・武芝の謀反を訴えた。この際、訴えの実否を確認するための太政大臣藤原忠平による将門への御教書伝達の使者として、相職が派遣されている(このときの官職右少弁)。

天慶3年(940年従四位下・左少弁、天慶4年(941年蔵人頭兼左中弁に叙任され、天慶5年(942年)右大弁に昇任するなど、朱雀朝後期に弁官を務めながら昇進した。天慶6年(943年)4月9日卒去享年43。最終官位は右大弁従四位下。

官歴

系譜

  • 父:源当時
  • 母:不詳
  • 妻:源当平の娘
  • 生母不明の子女
    • 男子:源惟繇
    • 男子:源惟長
    • 男子:源惟光

脚注

参考文献

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