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目白台
東京都文京区の町名 ウィキペディアから
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目白台(めじろだい)は、東京都文京区の町名[5]。現行行政地名は目白台一丁目から目白台三丁目。住居表示実施済区域。
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地理
文京区西部地域であり、北に豊島区雑司ヶ谷、南に関口、西は豊島区高田、東は大塚・音羽に接する。公園や緑が多い地域である。高台の閑静な文教地区であり、また古くは大名屋敷であった。現在の東大病院分院跡地は松平出羽守の下屋敷、日本女子大学附属豊明小学校は大岡主膳正の下屋敷、日本女子大学附属豊明幼稚園は鳥羽藩の下屋敷、肥後細川庭園(旧:新江戸川公園)は細川家の下屋敷だった所である。
地盤が強く、関東大震災、戦災に巻き込まれることがなかったため、細い路地などが残ったままである。
豊島区目白と文京区目白台は異なるが、混同されることが多い。もっとも中間に雑司が谷を挟んでいるだけであり近隣といえる。
- 目白台一丁目
- 目白台二丁目
- 日本女子大学
- 長野県東京事務所宿舎(旧東京市長永田秀次郎邸)
- セコムジャスティック本社
- 緩やかな坂があり、薬罐坂、清戸坂などがある。
- 目白台三丁目
- 稲荷神社(通称:腰掛稲荷神社)
- 筑波大学附属視覚特別支援学校
- 東京大学 目白台インターナショナルビレッジ(東京大学医学部附属病院分院跡[6])
- オルゴールの小さな博物館(閉館)
- 区立目白台交流館(交流館になる前の住居に一時期菊池寛が仮住まい)
- 東京音楽大学目白台学生寮
- 同仁美登里幼稚園
- カトリックパリ宣教師会
- 三菱UFJ証券ホールディングス
- 桂林寺
古くからの密集した住宅地となっている。スーパーマーケットは生活協同組合コープとうきょう、まいばすけっとが目白通り近くにある。
地価
住宅地の地価は、2025年(令和7年)1月1日の公示地価によれば、目白台3-14-10の地点で94万7000円/m2となっている[7]。
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歴史
高田豊川町、雑司ヶ谷町、高田老松町、西青柳町などが合併されて誕生。
地名の由来
史跡
- 大町桂月旧居跡(目白台三丁目、盲学校の一つ手前の道)
- 水神社(目白台一丁目)
- 清土鬼子母神堂(目白台二丁目)
- 窪田空穂旧宅跡(目白台二丁目、早大教授の窪田空穂の旧宅)
- 若山牧水(目白台二丁目。居を構えたことがある。)
- 旧細川家学問所松聲閣(目白台一丁目)
- 杉山寧旧宅跡(目白台二丁目、文化勲章受章杉山寧の旧宅)
- 日本女子大学成瀬記念講堂(目白台二丁目)
- 旧成瀬仁蔵住宅(目白台二丁目)
- 旧細川侯爵邸(目白台一丁目 東京都指定文化財)
- 村川家住宅(目白台三丁目 国登録有形文化財、東京帝国大学教授村川堅固、東京大学教授村川堅太郎の旧宅)
- 月の湯(目白台三丁目 東京都最古級の木造銭湯 2015年に閉業解体)
- 宮沢賢治が、永楽病院(のちの東京大学附属病院分院)に入院した妹・トシ(旧制日本女子大学校に在学)の看病のために滞在した下宿跡(目白台三丁目、旧雑司が谷町、三丁目坂の辺り)
- 目白台三丁目、腰掛稲荷神社から盲学校にかけては戦前牧場であった。
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世帯数と人口
2025年(令和7年)3月1日現在(文京区発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
学区
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2020年9月現在)[14][15]。
交通
バス
事業所
2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[16]。
事業者数の変遷
経済センサスによる事業所数の推移。
従業員数の変遷
経済センサスによる従業員数の推移。
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その他
日本郵便
脚注
外部リンク
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