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菅沼駿哉

日本のサッカー選手 ウィキペディアから

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菅沼 駿哉(すがぬま しゅんや、1990年5月17日 - )は、大阪府豊中市出身のプロサッカー選手。ポジションはディフェンダー

概要 菅沼 駿哉, 名前 ...
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来歴

3歳上の兄の影響を受け、地元豊中市の小学校チームに入団しサッカーを始める。ガンバ大阪ジュニアユースからガンバ大阪ユースを経て、2009年よりガンバ大阪のトップチームに昇格した(同期昇格は宇佐美貴史大塚翔平)。

2010年2月24日ACLグループリーグ第1節・水原三星戦で公式戦初出場を果たす。

2011年、シーズン途中の8月に出場機会を求めてJ2ロアッソ熊本へ半年間の期限付き移籍で加入した[1][2]。移籍直後の8月6日、J2リーグ第3節の岡山戦でJリーグ初出場を果たし、リーグ後半戦の20試合のうち17試合すべてで先発出場した。移籍期間満了につき同年限りで熊本を退団[3]

2012年ジュビロ磐田へ期限付き移籍で加入した[4][5]。序盤は出番は少なかったが、中盤以降は怪我人が多く出たこともあり、徐々に出場機会を増やし、後半戦はレギュラーとなった。8月18日、第22節のセレッソ大阪戦でJリーグ初得点を記録。

2013年、そのまま磐田への完全移籍が発表された[6][7]

2014年は、開幕から7試合連続スタメンも、4月に右爪先を亀裂骨折で離脱。5月の終わりに復帰し5試合出場後、シーズン後半は先発5試合に留まる。後に「最後はちょっともめて、練習にもいけなかった」と、首脳陣との確執があった事を告白している[8]。同年12月2日に契約満了で磐田を退団する事が発表されていた[9]

2015年より京都サンガF.C.に完全移籍[10]

2017年よりモンテディオ山形に完全移籍[11]。移籍1年目ながら副キャプテンに就任する。

2018年、ガンバ大阪へ完全移籍で復帰[12]。毎年、控えに回ることが多いが、コンスタントに出場機会を増やす。

2021年9月26日、第30節の柏レイソル戦でガンバ大阪でのJ1初得点を決めた。

2022年1月5日、契約満了による退団が発表された[13]

2022年2月15日、FC町田ゼルビアへ加入することが発表された[14]。リーグ戦19試合に出場しシーズン中盤以降はチームの主力を務めるも、1年で契約満了により退団となった。

2023年8月16日、台湾社会人甲級サッカーリーグ台中Futuroへの加入が発表された[15]

2024年よりタイ・リーグ1コーンケン・ユナイテッドFCに加入。同年8月23日、香港プレミアリーグ香港流浪に加入。

2025年よりコーンケン・ユナイテッドFCに復帰。

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所属クラブ

個人成績

要約
視点
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その他の公式戦

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その他の国際大会

出場歴

タイトル

クラブ

ガンバ大阪ユース
ガンバ大阪

代表

U-21日本代表

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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