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藤井恒久

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藤井 恒久(ふじい つねひさ、1969年7月22日 - [注 1])は、日本テレビの社員(コンテンツ戦略局宣伝部)、元アナウンサー

概要 ふじい つねひさ藤井 恒久, プロフィール ...

同姓のアナウンサーである藤井貴彦との血縁関係はない。

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来歴・人物

宮城県仙台市生まれ。家族の仕事の都合で、福岡県北九州市石川県金沢市大阪府堺市香川県高松市神奈川県横浜市などに転居していたという[注 2]

大阪府立三国丘高等学校慶應義塾大学経済学部卒業[注 3]。中学・高校時代は、ソフトテニスの国体強化選手。東京大学の受験に失敗している。高校の4年後輩には、日本テレビアナウンサーの森富美がいる。

1993年4月に日本テレビ入社(同期は山王丸和恵角田久美子[注 4]

入社三か月後には『TVおじゃマンボウ』へ出演するなど、バラエティ番組や情報番組を担当。おじゃマンボウ出演時は司会の中山秀征から頻繁に弄られ、自身もおバカアナを自称していた。

2020年9月末でアナウンス部を離れ、編成局宣伝部へ異動[注 5]。『ヒルナンデス!』の「格安コーデバトル」の進行は同年10月20日放送分をもって卒業[注 6]。自身の最終回は、番組の途中から植松晃士がコーディネートした衣装を着用している。

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エピソード

  • アナウンサー時代は、相撲班のチーフを務めた。自称『孤高のチーフ』。石川県に在住していたころ地元の相撲少年スポーツ団に所属し、アマチュア4級を取得。当時の後輩に出島がいた。
  • 既婚、娘が2人いる。
  • 両親とそれぞれの祖父母が愛媛県出身。元プロ野球選手の藤井秀悟は、はとこの関係(父方の祖父同士が兄弟)。
  • みやぎ絆大使[注 7]

アンパンマン関連

アニメ『それいけ!アンパンマン』(日本テレビ製作)の劇場版勇気の花がひらくとき』(1999年)にて「こてつちゃん」役で出演。そのときの演技が原作者・やなせたかしの目に留まり、劇場版本編や同時上映作品へ毎年ゲスト声優として出演している。また試写会・公開初日舞台挨拶の司会進行役も務める。

笑点関連

笑点』にて不定期放送する「アナウンサー大喜利」への出演をきっかけに、同コーナーで座布団運びを担っていた林家こん平と懇意になる。藤井はこん平を「心の師」と仰ぎ、こん平も弟子ではない子分として扱った。笑点40周年記念本[12]では、「アナウンサーにしておくには惜しい人材」というこん平の発言がある。ほぼ毎回こん平をおだてるネタを披露し、こん平は司会者の指示がなくとも座布団を藤井の足元へ丁寧に敷いたあとお互いに握手するのが恒例となった。藤井が挨拶する際は、必ずこん平の持ちネタである「チャラ~ン」を披露することから、名前の一部を取って「チャラン久」(シャ乱Qの駄洒落)と呼ばれた[注 8]その後も、多発性硬化症治療のためリハビリ生活を送るこん平の寛解祈願と、こん平のことを忘れないでほしいという思いで「チャラーン」を続けていた(みのもんた休暇時の代役として『午後は○○おもいッきりテレビ』へ出演した際も、客席に「チャラ~ン」を披露した)。

2009年10月より同番組で開始した視覚障害者向けの副音声解説の第1回目を担当。BS日テレの兄弟番組『笑点デラックス』では番宣ナレーションを務めた。

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出演

宣伝部時代

(2022年3月現在)

アナウンサー時代

テレビドラマ

テレビアニメ

出演映画

劇場アニメ

※声の出演

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脚注

参考資料

関連項目

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