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藤原並藤
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藤原 並藤(ふじわら の なみふじ)は、平安時代初期の貴族・陰陽家。藤原京家、参議・藤原浜成の曾孫。豊前介・藤原石雄の子。官位は正五位下・陰陽頭。
経歴
初め丹波権掾に任官し、天長2年(825年)陰陽助を経て、天長6年(829年)従五位下に叙爵。その後、天長7年(830年)筑後守、天長9年(832年)陰陽頭、承和4年(837年)和泉守、承和7年(840年)陰陽頭に還任、承和14年(847年)には加賀守を兼任するなど、淳和朝から仁明朝にかけて陰陽寮官人および地方官を務めた。仁明朝末の嘉祥3年(850年)には21年ぶりに昇進し従五位上に叙せられている。
人物
官歴
『六国史』による。
系譜
『尊卑分脈』による。
脚注
出典
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