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裏白峠
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裏白峠(うらじろとうげ)は、滋賀県甲賀市と京都府宇治田原町の間にある峠。標高380m[1]。

概要
国道307号の旧道であり、急勾配・ 急カーブが連続する交通の難所のため早期の改良が望まれていたが、茶屋トンネル(L=390m)を含む約2kmバイパス道路の開通により、交通ネック区間が解消された。 峠名の由来は、近江は山城から見て裏側にあり、山城の裏だから「裏白」と呼ばれたといわれている[1]。山城側からは「山城名勝志」によると越田越と呼称している[2]。
京都に遷都されてから、伊勢への参詣路となり[2]、近代には茶の流通路として使われた[2]。
徳川家康が伊賀越えをする際に、奥山田から裏白峠を通って朝宮・小川を経由して伊賀へ向かったとされる[3]。
正保国絵図の作成時や延宝検地の際、近江と山城両国で国境を争った結果、裏白峠を境としており、1678年(延宝6年)に幕府の裁許を受けている[4]。
沿革
出典
関連項目
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