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鍋谷友理枝

日本の女性バレーボール選手 ウィキペディアから

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鍋谷 友理枝(なべや ゆりえ、1993年12月15日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。

概要 鍋谷 友理枝 Yurie Nabeya, 基本情報 ...

来歴

要約
視点

神奈川県川崎市出身、東京都大田区育ち。両親はともに青山学院大学バレーボール部の出身で、父は法政二高時代に春高バレー準優勝、大学でエーススパイカーとして活躍し、卒業後は実業団のNTT東北でプレーした。母も八王子実践高時代にセッターとして春高バレー準優勝の実績を持ち(1年上に大林素子)、大学4年時にキャプテンとして関東1部リーグ初優勝に貢献した[2][3]。バレーボール一家に生まれ、小学3年からバレーボールを始めた[4]

淑徳SC中から大分県東九州龍谷高校に進学。3年時には主将として第64回全日本高等学校選手権大会優勝の原動力となり、自らも最優秀選手賞を獲得した[5]

2011年12月、デンソーエアリービーズに入団が決定し[6]、2012年3月のファイナルラウンド3位決定戦(岡山シーガルズ戦)でプレミアデビューを飾った。

2012年9月、第3回アジアカップ女子大会の日本代表メンバーに選出された[7]。同年11月25日のJTマーヴェラス戦でリーグ戦デビュー。16得点(アタック11、ブロック3、サービスエース2)を挙げ、チームの逆転勝利に貢献した[8]

2013年10月の第1回世界U23女子選手権に日本代表として出場し[9]、銅メダル獲得に貢献した。

2016年リオデジャネイロ五輪に出場(5位)。

2018/19シーズンからデンソーでゲームキャプテンを務める[10]

2019年4月の代表合宿中に顔面にスパイクを受け右眼球内から出血し、全治1ヶ月の「網膜振盪症」と診断された。同年6月のネーションズリーグから、右目の保護のためゴーグルを着用してプレーしている[11]。その後のワールドカップにも出場した。

2021年、ネーションズリーグにも出場したが、東京五輪代表の最終選考から漏れ、二大会連続の五輪出場とはならなかった[12][13]。同年7月、同じく最終選考から漏れた井上琴絵と共にデンソーを退団した[14][15]。同年8月、PFUブルーキャッツへの加入が発表された[16]

2023年1月29日、V1女子ヴィクトリーナ姫路戦でVリーグ通算230試合出場を果たした[17][18]。それにより、V1女子ファイナル終了後、Vリーグ栄誉賞を受賞した[19][20]

2023年4月24日、2022-23シーズンをもってのPFUブルーキャッツ退団を表明した[21][22]。退団前の大会となる第71回黒鷲旗大会でチームの優勝に貢献し、黒鷲賞(最高殊勲選手)を受賞した[23][24]

PFU退団後、トヨタ車体クインシーズ(現・クインシーズ刈谷)に移籍した[25]

2025年2月、2024-25シーズンをもって現役引退することが発表された[26][27]。6月2日に引退選手として公示[28]。7月にチームアドバイザー就任が発表された[29]

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人物・エピソード

  • 大竹里歩とは幼なじみで、彼女の父・大竹秀之と実父は高校の同期生で、卒業後も家族ぐるみの付き合いをしていた。
  • 音楽は母の影響で角松敏生をよく聴き、母とコンサートに行くこともある。他にはTUBEサザンオールスターズDEENWANDSなど90年代頃の音楽が好き。
  • 座右の銘は「前へ ただひたすら 前へ」。「前へ」の精神で長年明治大学ラグビー部を率いた北島忠治と親交があった亡き祖父の教えで、勝負の時には父から「前へ!」とメールが届くという[30]
  • 2021年に元ジェイテクトSTINGS選手の江頭広樹と結婚[31]。2021-22シーズン終了後の2022年5月に公表した[32]
  • 引退後のインタビューで、2012年のメディカルチェックでバセドウ病とそれに伴う甲状腺眼症[33]、2019年末には子宮頸部高度異形成の診断を受けたことを公表した[34]

球歴

所属チーム

受賞歴

個人成績

Vプレミアリーグレギュラーラウンドにおける個人成績は下記の通り[36]

さらに見る シーズン, 所属 ...
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出演

YouTube

参考文献

  • 月刊バレーボール2012年2月号 24-25ページ(日本文化出版刊)

脚注

外部リンク

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