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雅夢

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雅夢(がむ)は、1980年代前半に活動した日本フォークデュオ。代表曲に「愛はかげろう」などがある。1984年、解散[1]

概要 雅夢, 出身地 ...

メンバー

  • 三浦和人(みうら かずと、1958年6月10日 - )
    • 詳細は当人の項目を参照。
  • 中川敏一(なかがわ としかず、1957年4月18日[2] - )
    • 三重県四日市市出身[2]
    • 高校卒業後、自分を見つめるためとして、肉体労働をしながら放浪していたことがあった[2]
    • ジェームス・テイラーに心酔し、自己表現としてギターを持ち音楽をやっていくことを決意[2]。改めて中京大学に入学し、入学後にライブハウスなどで音楽活動を始める[2]

来歴

ともに中学3年のとき、三浦和人かぐや姫の「神田川」を、中川敏一吉田拓郎の「結婚しようよ」を聴いてフォークにのめり込んだ[3]

中京大学在学中、同じ名古屋市ライブハウスで歌うようになり、中川のフォークグループが解散したところで、中川が三浦のボーカルとオリジナルを気にいっていたこともあり、新たにデュオを組んだ[3]。"雅夢"という名前は三浦の行きつけの喫茶店の名前[3]。最初からオリジナル曲しかやらないと決めた[3]

1980年
1981年
  • 2月、シングル「悲しくて」をリリース。16.2万枚を売り上げる。その後、「浮雲」「秋時雨あきしぐれ」のシングルを発表する。
  • 4月、1st.アルバム『夢つづり』を発売し、年内に2nd.アルバム『風花』をリリースする。
1982年
  • 4月、シングル「追いかけて」をリリース。
  • 11月、3rd.アルバム『帰らぬ河のほとりで』を発売する。
1983年
  • 5月、シングル「霧雨あめの旅人」をリリース。
  • 8月、シングル「夕映えよ心の鳩を抱け」を発表する。
  • 10月、4th.アルバム『感傷気分』を発売する。
1984年
  • 12月、通算9枚のシングルと7枚のアルバムをリリースしたが、コンサートをもって解散した。三浦は1982年ごろに三浦雄也と芸名を改名、後に本名の三浦和人に戻し、以降もソロ・アーティストとして活動を続けている。
2000年
  • 11月、三浦和人が「夢で逢いたいから」をセルフカヴァーし、コンピレーション・アルバム『富良野チャペルコンサート』に収録する。
2003年
2005年
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ディスコグラフィー

シングル

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アルバム

オリジナルアルバム

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ベストアルバム

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ライブアルバム

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タイアップ

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脚注

関連項目

外部リンク

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