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青野大介
日本のサッカー選手 ウィキペディアから
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青野 大介(あおの だいすけ、1979年9月19日 - )は、愛媛県周桑郡丹原町(現:西条市)出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションは、MF。
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略歴
丹原東中学校卒業後、高校年代は愛媛FCユースに所属[2]。当時の愛媛FCユースはトップチームより強いとされ[2]、同期には不老伸行、吉村圭司がいた。1997年度の天皇杯では、1回戦でJFL所属の北陸電力に勝利したが、2種(高校)年代のチームが1種チームを破ったのは大会史上初めてのことだった。同試合で青野はVゴールを含む2得点をあげた[2]。
関西学院大学(関西学院大学体育会サッカー部)卒業後、2002年にガンバ大阪に加入したが2年間在籍して公式戦の出場機会なし。2004年にヴィッセル神戸に移籍したが、公式戦出場はないまま戦力外となった[2]。2003年、2004年は怪我でシーズンの半分をリハビリに費やした[2]。
2005年にアルビレックス新潟移籍後、プロ4年目にして開幕戦のFC東京戦に起用されJリーグデビューを果たすが、左サイドバックで起用され、本職の攻撃的MFではなかった。2005年はJ1リーグ戦16試合に出場したが、監督が反町康治から鈴木惇に代わった2006年はカップ戦のみの出場にとどまった[2]。
2007年からは故郷の愛媛FCへ移籍。同年6月2日、J2第19節東京ヴェルディ1969戦にてJ初ゴールを奪うと、次の試合でも2試合連続ゴールを奪い、チームの連勝に貢献。「ゆりかご」パフォーマンスで妹の出産を祝うことができた。2008年後半から愛媛でレギュラーとして常に出場するようになる。2008年9月19日、自身の誕生日に入籍。翌2009年に長女が生まれた直後の試合でゴールを決めるなどしたが、怪我の影響もあり同年オフに現役を引退した。
2010年からは愛媛FCの普及育成部門のスタッフを務め、2015年に育成統括ダイレクターに就任[3]。
2018年5月、愛媛FCのヘッドコーチに就任。ダイレクター業務も兼任する[4]。
2019年はトップチームから離れ、愛媛FCのアカデミースタッフに就任[5]。2020年11月27日、愛媛FCのゼネラルマネージャーに就任した[1]。
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所属クラブ
個人成績
指導歴
- 2010年 - 愛媛FC
- 2010年 スクールコーチ
- 2011年 - 2014年 U-15監督
- 2015年 - 2017年 U-18監督
- 2018年 - 愛媛FCアカデミーダイレクター
- 2018年5月 - 同年12月 ヘッドコーチ
- 2019年 U-18監督
- 2020年11月 - ゼネラルマネージャー
脚注
関連項目
外部リンク
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