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駒不動大助
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駒不動 大助(こまふどう だいすけ、1965年9月15日 - )は、富山県富山市出身で放駒部屋(入門時は花籠部屋)に所属した元大相撲力士。本名は新木数人(あらき かずひと)。最高位は西前頭13枚目(1989年9月場所)。身長181cm、体重149kg、得意手は左四つ、寄り、吊り、うっちゃり。趣味はカラオケ。血液型はO型。好物は焼き肉。
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来歴
小学校ではサッカーをやっていたが、6年生から柔道を始め、富山第一高校に進学してから高校 1年生まで続けたが、柔道部監督が11代花籠(元前頭3・大ノ海)と知り合いだったので、監督に紹介されて花籠部屋へ入門した。1984年1月場所で本名「新木」で初土俵を踏む。1985年12月には12代花籠(元横綱・輪島)が自身の年寄名跡を借金の担保にしていた問題の責任を取って廃業したために、閉鎖された花籠部屋から放駒部屋へ移籍した。初土俵から順調に出世して2年程で幕下へ昇進し、1986年11月場所では幕下筆頭まで番付を上げたが3勝4敗と負け越し、十両昇進を逃した。そこから1年程は幕下中位から下位に低迷した。1988年に入ると順調に番付を戻し、1988年11月場所で十両へ昇進した。その場所は4勝11敗と大きく負け越して1場所で幕下へ陥落した。1場所で十両へ復帰すると、3場所連続で勝ち越して1989年9月場所で新入幕を果たした。その場所は5勝10敗と負け越して1場所で十両へ陥落、結局幕内を務めたのはこの1場所に終わっている。左四つからの寄りを得意としたが、足腰が強く、怪力だったことから吊り出しやうっちゃり、極め出しも得意とした。しかし、攻め込まれてからの相撲が多かったため、負傷が多く、気の弱さと相まって幕内では通用しなかった。十両でも負け越しが続き1990年7月場所で幕下へ陥落、1991年5月場所で十両へ復帰したが、翌7月場所で右膝を負傷して途中休場、再度幕下へ陥落、1992年11月場所で再度十両へ復帰、11勝4敗の好成績で十両優勝を果たし、十両上位まで番付を戻したが、幕内へ復帰することはできなかった。1995年11月場所限りで廃業。廃業後は東京・荻窪で『季節料理 駒不動の店 生粋東京』を経営したが、2004年に閉店している。
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略歴
主な成績
- 通算成績:333勝278敗23休 勝率.545
- 幕内成績:5勝10敗 勝率.333
- 現役在位:72場所
- 幕内在位:1場所
- 各段優勝
- 十両優勝:1回(1992年11月場所)
場所別成績
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幕内対戦成績
四股名変遷
- 新木 数人(あらき かずひと)1984年1月場所 - 9月場所
- 花乃若 数人(はなのわか -)1984年11月場所 - 1988年3月場所
- 駒不動 大助(こまふどう だいすけ)1988年5月場所 - 1995年11月場所
関連項目
外部リンク
- 駒不動 大助 - 相撲レファレンス
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