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「ラストダンスは私に」(英語:Save the Last Dance for Me)は、アメリカのコーラス・グループドリフターズの楽曲。レコード発売当時のリード・ボーカルは、その後間もなくグループを脱退するベン・E・キング。日本では越路吹雪が歌唱したものがヒットしたことによって知られている(岩谷時子による日本語詞)。
作詞者のドク・ポーマスは本楽曲を作詞した当時、小児麻痺の影響で脚に金具を付け両手で松葉杖をついて歩くという状態にあったため片手を女性の手に添え、もう片方の手は相手の肩か腰に当てて、ダンスを踊るということができなかった。でも、女性に手を取ってもらい肩に手を当ててもらいながら、自分は松葉杖をついてでも動くから、ラストダンスだけは私のために残して置いてくれ、そして一緒に踊ろう、というドク・ポーマスの思いが詞に込められているという[1]。
オリジナルがヒットしたこともあって世界中で数多くの歌手によって歌われており、アメリカ国内では1983年にドリー・パートン、2006年にマイケル・ブーブレがそれぞれシングルとしてカバーした。
ポール・マッカートニーは、ドリフターズのヴァージョンを聴きながらビートルズの楽曲「ヘイ・ジュード」を作曲したというエピソードがある。これを元に、1981年にはザ・キングトーンズが大瀧詠一プロデュースで、2つの楽曲をシンクロさせたシングル「ラストダンスはヘイジュード」をリリースしている。
日本では越路吹雪が歌唱していることなどから、シャンソンと思われることが多い。本楽曲はアメリカ生まれであり、本来はシャンソンという分類には入らないが、フランスの歌手ダリダやダニエル・ダリューがフランス語の訳詞でヒットさせたため、シャンソンに分類されることもある。
日本では岩谷時子の訳詞により越路吹雪が歌ったものが特に有名である。越路のシングルは50万枚[2][3]または1965年5月時点で80万枚[4]を売り上げるヒットとなり、『愛の讃歌』『サン・トワ・マミー』などとともに越路の代表曲の一つとなっている。
NHK紅白歌合戦では1961年の『第12回NHK紅白歌合戦』、および1963年の『第14回NHK紅白歌合戦』と越路によって2回歌唱されている。
原詞では男性の目線で描かれ、男性が女性に話しかける歌詞になっているが、岩谷時子による訳詞では越路が歌唱するにあたって女性の目線で描かれ、女性が男性に話しかける歌詞になっている。
越路の歌唱による音源は、オリジナルシングルに収録されている藤家虹二の編曲によるモノラル版と、後年収録された内藤法美(越路の夫)の編曲によるステレオ版の二種類のアレンジが存在する。越路の没後に発売されたベストアルバムやカラオケ、テレビ番組の特集などでは内藤の編曲によるステレオ版が主に用いられており、こちらのほうがより広く親しまれている。
フジテレビのドラマ『古畑任三郎』の主人公・古畑任三郎は本楽曲を数少ない歌のレパートリーとしており、ドラマ内でも歌唱されている。また、同ドラマの第42回のサブタイトルは本楽曲のタイトルが使われた「ラスト・ダンス」であり、同回のドラマ内でも本楽曲が使われている。
NHK連続テレビ小説の『てるてる家族』第90話でも本楽曲が使用された。
テレビ朝日系列ドラマ『越路吹雪物語』主題歌、大地真央と瀧本美織が歌唱。
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※50音順
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