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エドワード・ノートン
アメリカの俳優、映画監督 (1969-) ウィキペディアから
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エドワード・ハリソン・ノートン(Edward Harrison Norton, 1969年8月18日 - )は、アメリカ合衆国の俳優、映画監督。
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来歴
要約
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生い立ち
マサチューセッツ州ボストンで生まれ、メリーランド州コロンビアで育つ。父親のエドワード・モーア・ノートンJr.は環境問題に取り組む弁護士でカーター政権時に連邦検察官を務め、母親のリディア・ロビンソン[1]は英語教師で1997年に脳腫瘍で死去する。2人の弟がいる。
イェール大学で天文学と歴史と日本語を学ぶも、卒業後に俳優をこころざしてニューヨークへ出るほか、日本では祖父ジェームズ・ラウスの都市計画家としての仕事を手伝うため、大阪に約4ヶ月滞在して海遊館の巨大水槽設置に携わり、英会話学校NOVAのテキスト[2]に掲載される。現在も日本語会話を嗜み、『インクレディブル・ハルク』のジャパンプレミアで来日した際には日本語で「日本滞在は4ヶ月くらい」と答え、おすぎの「頭がスマートなのね」との問いかけに「練習したんだよ」と答えている[3]。
TV番組『ファインディング・ユア・ルーツ』の調査で、ジョン・ロルフとポカホンタスの夫婦が12代前の祖先であることが判明した。
キャリア
数年間、ウエイターなど様々な仕事に就きながら、1993年からシグニチャー・シアター・カンパニーのメンバーとして多数の舞台に出演。1996年に2000人以上のオーディションから『真実の行方』のアーロン役に抜擢されて映画デビューし、多重人格障害の疑いがある殺人容疑者役を演じてアカデミー助演男優賞にノミネートされ、ゴールデングローブ賞 助演男優賞を受賞。1998年に『アメリカン・ヒストリーX』でネオナチに走る若者を演じてアカデミー主演男優賞にノミネート。結果として同作のノートンではなく『ライフ・イズ・ビューティフル』のロベルト・ベニーニが受賞したことは「誤った選択」と評する声もあった[4]。なお、ノートンはサウスイースタン映画批評家協会賞主演男優賞およびゴールデン・サテライト賞最優秀主演男優賞を受賞した。2014年公開の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』で第72回ゴールデングローブ賞と第87回アカデミー賞の助演男優賞にノミネートされる。
2000年に公開された『僕たちのアナ・バナナ』で初めて監督を務めた。その後、小説『マザーレス・ブルックリン』を原作とした2019年公開の映画『マザーレス・ブルックリン』でも監督を務めた。
2024年、『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』では、フォーク歌手のピート・シーガーを演じ、第97回アカデミー賞では助演男優賞にノミネートされた。
ハリウッド俳優の中でも特に演技力を高く評価されている。
私生活
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- 「地下鉄に乗るのを止めなければいけないのなら、それは心臓発作にかかったようなものだ」とインタビューで答えている。
- ボルチモア・オリオールズのファン。
- 自家用操縦士免許を有している。
- 過去にサルマ・ハエック、コートニー・ラブらと交際[5]。
- 2011年に映画プロデューサーショーナ・ロバートソンと婚約して2013年3月に第1子の男児をもうける。
- 現在[いつ?]はニューヨークに在住。
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主な出演作品
要約
視点
※役名の太字表記は主演。
映画
テレビ
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日本語吹き替え
主に担当しているのは、以下の人物である。
- 家中宏
- 『アメリカン・ヒストリーX』で初担当。以降、多くの作品を吹き替えている[6]。
- 家中自身もインタビューでは好きな担当俳優の一人としてノートンを挙げており、『レッド・ドラゴン』が他の声優の担当になったことを心残りに思ったことを明かしたと同時に、自身が担当した中でも『スコア』が特に面白かったと語っている[7]。
- 平田広明
- 『ラリー・フリント』で初担当。以降、『ファイト・クラブ』(ソフト版)など主に初期の代表作を多数担当している[8]。
- 宮本充
- 『世界中がアイ・ラヴ・ユー』で初担当。当初、同作のみの担当となっていたが『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』で再登板。以降、多く吹き替えを担当している。
脚注
外部リンク
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