トップQs
タイムライン
チャット
視点

シャドウ・DN1

ウィキペディアから

シャドウ・DN1
Remove ads

シャドウ・DN1 (Shadow DN1) は、シャドウ・レーシング・カーズ1973年F1世界選手権に投入したフォーミュラ1カー。この車は、それまでCan-Amに参戦していたシャドウがF1に参戦するに当たって初めて製作したマシン。元BRMのエンジニアであったトニー・サウスゲートが設計した。DN1はまた、グラハム・ヒルのプライベートチーム、エンバシー・ヒルでも使用された。

Remove ads

開発

シャドウ・DN1は、ドン・ニコルズ1973年シーズンに参戦するため設立したチームの初めてのマシンであった。チームはそれまでCan-Amスポーツカー・シリーズに参戦しており、エンジニアのトニー・サウスゲートやマネージャーのアラン・リースなどイギリス人の経験豊富なスタッフを雇い入れ[2]、若干のレースに関する専門知識を有していた。サウスゲートが設計したDN1は、アルミニウム製モノコック、ダブルウィッシュボーン式サスペンションを装備し、エンジンはコスワースDFVを搭載した。DN1は剛性に問題を抱えていた。サウスゲートはそれまでV12エンジン搭載マシンしか手がけたことが無く、DFVの振動を補うのに十分な補強を行うことができなかった[疑問点]。マシンは黒一色のカラーリングで仕上げられ、UOPがスポンサーとなった[3]

レース戦績

Thumb
シャドウ・DN1、バーバー・モータースポーツパークで

チームは開幕から2戦を欠場し、第3戦の南アフリカグランプリに2台をエントリーした。ファーストドライバーはBRMロータスでの経験を持つジャッキー・オリバーが務め、セカンドドライバーはF1ルーキーで、スポーツカーの経験が豊富なジョージ・フォルマーであった。フォルマーは緒戦の南アフリカで6位に入り、続くスペインでは3位に入賞した。オリバーは第14戦のカナダで3位に入賞した。チームは最終戦のアメリカでブライアン・レッドマンをサードカーに乗せたが、レッドマンは5周でリタイヤ、外部の手助けを受けたことで失格となった。シャドウはこの年9ポイントを得てコンストラクターズランキング8位となった[2]

1974年シーズン、チームはDN1に代えてDN3を投入したが、新人のジャン=ピエール・ジャリエは開幕2戦をDN1で戦わなければならず、いずれもリタイアとなった[2]

エンバシー・ヒル

Thumb
エンバシー・ヒルのシャドウ・DN1、2008年のグッドウッド・フェスティバル

グラハム・ヒルも自ら設立したエンバシー・レーシングでDN1を使用し、1973年シーズンを戦った。同チームはヒルの1台体制で、マシンのカラーリングは白を基調とした物であったが、ヒルはDN1でポイントを獲得することはできなかった。彼の最高位はベルギーグランプリの9位であった。エンバシー・ヒルは翌年、シャドウからローラへマシンをスイッチした[2]

Remove ads

F1における全成績

要約
視点

(key) (太字ポールポジション

さらに見る 年, チーム ...

* 1974年シーズンのポイントは全てDN3によるもの

Remove ads

参照

外部リンク

Loading related searches...

Wikiwand - on

Seamless Wikipedia browsing. On steroids.

Remove ads