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スタンリー・パリス
アメリカの野球選手 (1930-2021) ウィキペディアから
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スタンリー・フランシス・パリス(Stanley Francis Palys, 1930年5月1日 - 2021年2月8日[1])は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州出身の元プロ野球選手(外野手)。
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来歴・人物
1950年にフィラデルフィア・フィリーズと契約。1953年、メジャーリーグ初昇格。1955年シーズン途中にシンシナティ・レッズに移籍。メジャーリーグでは好成績を残すことはなく、1957年以降はマイナーリーグ生活となる。
1964年にNPBの東京オリオンズ(後の千葉ロッテマリーンズ)に入団。キャンプやオープン戦での成績は良くなく、シーズン前の評価は外国人の中でも一番低い評価だった。しかし、シーズン開幕と同時にパリスはオープン戦とは違いよく打った。シーズンを終わってみれば129試合に出場し、打率.283、17本塁打、70打点と4番打者として好成績を残した。外野の守備も上手くこなしエラーも少なかった。1965年も打撃好調で25本塁打を打ち、翌年も18本塁打を打った。1967年は打率.278だったが本塁打はわずか6本に終わり、同年限りで退団となった。
オリオンズはパリスの成功もあって、翌1968年にジョージ・アルトマン、アルト・ロペスと実績のある助っ人を獲得している。
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詳細情報
年度別打撃成績
記録
- NPB
背番号
- 23(1953年、1955年途中 - 1956年)
- 15(1954年 - 1955年途中)
- 22(1964年 - 1967年)
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関連項目
脚注
外部リンク
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