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上杉長貞
日本の江戸時代前期の武士。江戸幕府旗本上杉長員次男で、高家旗本上杉氏3代当主。従四位下侍従・宮内大輔。御側高家を勤める ウィキペディアから
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上杉 長貞(うえすぎ ながさだ)は、江戸時代前期の高家旗本。従四位下少将[1]。宮内大輔[1]。
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略歴
元和9年(1623年)、上杉長員の次男として誕生した。寛永5年(1628年)、兄・長政の死去により家督を相続した。
正保元年(1644年)高家に就任した[1]。これ以降、上杉家は高家旗本に列することになった。
慶安3年(1650年)9月3日、御側高家に転任した。承応2年(1653年)12月28日、侍従に任官した。寛文2年(1662年)10月23日、明正上皇の仙洞御所落成の祝賀使として上洛する。
寛文2年(1662年)、12月4日、切腹した[1]。享年40。
『諸御役代々記』には、長貞が上皇の院宣を紛失したため切腹したと記されている。
脚注
参考文献
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