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向ヶ丘遊園
神奈川県川崎市多摩区にかつて存在した遊園地 ウィキペディアから
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向ヶ丘遊園(むこうがおかゆうえん)は、神奈川県川崎市多摩区長尾2丁目8-1で1927年(昭和2年)から2002年(平成14年)まで営業していた小田急電鉄系の遊園地。
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(2002年3月23日撮影)

(2002年3月23日撮影)

遊園地は閉園したものの、小田急小田原線の駅名「向ヶ丘遊園駅」や、近隣の店舗名やビル名などに名残が多々見られる。また遊園内にあった「ばら苑」は川崎市が「生田緑地 ばら苑」として管理を継承している。
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歴史
要約
視点
- 1927年(昭和2年)4月1日 - 小田原急行鉄道小田原線(現在の小田急小田原線)の開通と同時に開業する。当時は入園無料。
- 1927年(昭和2年)6月14日、最寄り駅の稲田登戸駅(現在の向ヶ丘遊園駅)から豆汽車が運行される(その後、戦争により撤去)。
- 1941年(昭和16年) - 近衛騎兵聨隊の駐屯地となる[1]
- 1945年(昭和20年) - 陸軍より用地返還
- 1950年(昭和25年)3月25日 - 向ヶ丘遊園駅からの豆汽車が豆電車として復活。
- 1951年(昭和26年)7月28日 - 空中ケーブルカーを設置(正門 - 園内中央)。
- 1952年(昭和27年)4月1日 - 有料化を実施。
- 1955年(昭和30年) - ボート池完成[1]
- 1958年(昭和33年)5月23日 - ばら苑開園。当時は東洋一の規模と評された。
- 1962年(昭和37年) - 「防衛大博覧会」開催。地形を一変させるほどの大規模な土木工事を実施[1]
- 1963年(昭和38年) - フラワーショー開始。以後、花に関係する各種イベントを継続して行う。花の大階段新設[1]
- 1965年(昭和40年)秋 - 沿線道路の拡張により、豆電車が撤去される。
- 1966年(昭和41年)4月23日 - 豆電車に代わり、向ヶ丘遊園モノレールが運行開始(向ヶ丘遊園駅 - 向ヶ丘遊園正門駅間)。
- 1967年(昭和42年)12月14日 - 空中ケーブルカー廃止。
- 1968年(昭和43年)3月15日 - 全長123 mの1人乗りフラワーリフトを設置。
- 1976年(昭和51年) - 大観覧車を設置。
- 1980年(昭和55年) - 宙返りコースター「スカイハリケーン」を設置。
- 1985年(昭和60年) - ローラーコースターとウォーターライドが融合したアトラクション「アドベンチャーコースター」を設置。
- 1986年(昭和61年) - 開園60周年に合わせた園内の整備・拡張の一環で「メルヘンタワー」「フライング・スインガー」「ロックンロール」「スピンカー」「メリーフラワー」を設置[2]。
- 1986年(昭和61年)5月19日 - フラワーリフト廃止。
- 1987年(昭和62年)2月5日 - 全長47mの屋外型エスカレーター「フラワーエスカー」を設置。
- 1992年(平成4年) - スーパーローラーコースター「ディオス」を設置。
- 1997年(平成9年) - 『快獣ブースカ』をテーマとした遊園施設「ブースカランド」を開設する。円谷プロとの協力で実現し、閉園まで存在する。
- 1999年(平成11年)夏頃 - 特撮番組『ブースカ! ブースカ!!』のロケーション撮影が2000年4月頃まで行われる。
- 2000年(平成12年)2月13日 - モノレールの運行を休止。この日より行われた定期検査で、モノレール車両(小田急500形)に老朽化による致命的な損傷が見つかり、運行再開を見合わせる。代替バスの運行を実施。
- 2001年(平成13年)2月1日 - 同日付でモノレールを正式に廃止。
- 2002年(平成14年)3月31日 - 営業終了。
名前の由来
向ヶ丘遊園が立地する長尾地区が、開園当時は向丘村(むかおかむら・むかいがおかむら→1938年(昭和13年)に川崎市へ編入)の一角だったために名付けられた。地名は「むかいがおか」と読むが、当園名は「むこうがおか」と読み、現在は後者が定着しつつある。詳しくは向ヶ丘 (川崎市)を参照。
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施設概要
「花と緑の遊園地」としての特徴を持ち、園内にはばら苑やウメ園・温室・スイセンやツツジの丘など多くの樹木があった。特にソメイヨシノが多数あり、神奈川県有数の花見の名所であった。1987年には本格的な蘭の展覧会も開催された。
また、宙返りコースターやプールなどの遊戯施設、鉄道資料館、運動場や楽焼体験施設、ミニ動物園なども存在していた。
- 主な遊戯施設
- スカイハリケーン(往復式宙返りコースター)
- アドベンチャーコースター(ウォーターコースター)
- ディオス(ローラーコースター)
- キディシャトル(子供向けローラーコースター)
- ウォーターシュート(ウォーターライド)
- サイクルモノレール
- 大観覧車
- ゴーカート
- プール(冬季はアイススケート)
- 手漕ぎボート、スワンボート
- ちんちん電車
交通
小田急によって開発されただけに、運営母体の小田急にとっての「玄関口」であった向ヶ丘遊園駅からのアクセスが確保されており、戦前は遊園地まで「豆汽車」(当時は正門までだったが、のちに裏門まで延長されている[3])や「豆電車」、1966年からは小田急向ヶ丘遊園モノレール線で結ばれていた。
跡地利用

遊園地の閉園後、市民の要望を受けて川崎市が園内ばら苑の管理を引き継ぎ「生田緑地 ばら苑」として保全している。市民ボランティアがバラの手入れなどを行い、春と秋(主に5月と10月)の開花時季には無料で一般公開を行っている。
小田急電鉄は2007年に、集合住宅を中心とした850戸の住宅開発を発表していたが、採算性の面から計画を白紙撤回していた[5]。
2008年(平成20年)12月には、跡地の一部に川崎市立藤子・F・不二雄ミュージアムの立地が決定[6]。2011年(平成23年)9月3日に開館した。
未開発の跡地内には「花の大階段」をはじめ、敷地の大部分は遊具を撤去した状態で残っているが、2018年に開発構想が再浮上した。
小田急電鉄は2018年11月30日、向ヶ丘遊園の跡地利用について、約162700m2の開発地域に、「自然体験エリア」(約39300m2)「商業施設エリア」(約29900m2)「温浴施設エリア」(約25600m2)の3地区を軸にした計画を発表した[5][7]。12月中に環境影響評価書を提出し、2023年度の完成を目標とする[5]。
2019年3月28日の小田急電鉄ニュースリリースによれば、2023年度までに「人と自然が回復しあう丘」のコンセプトで竣工を目指すとしていた[8]。
2023年3月、川崎市は2019年の水害で休館中の川崎市市民ミュージアムの移転先として、向ヶ丘遊園の跡地(市が小田急電鉄から譲受した区画で、現在はばら苑の臨時駐車場)を選定したと発表した[9]。
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脚注
関連項目
外部リンク
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