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遠藤彰弘
日本のサッカー選手 ウィキペディアから
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遠藤 彰弘(えんどう あきひろ、1975年9月18日 - )は、鹿児島県鹿児島郡桜島町(現:鹿児島市)出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー(MF)。
実弟の遠藤保仁も元プロサッカー選手。横浜在籍時、ガンバとの対戦は兄弟対決として注目されることも多かった。
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来歴・人物
1994年にJリーグの横浜マリノス(後の横浜F・マリノス)に入団。長きに渡りレギュラーとして活躍した。2004年には中村俊輔の移籍で空いた10番も付けたが、2005年には故障に加え、補強選手や若手の台頭もあって出場機会が激減。7月にヴィッセル神戸へ完全移籍。2008年に契約満了で退団後、5月13日に引退を発表した。
「マイアミの奇跡」で知られる1996年アトランタオリンピックのU-23日本代表では、背番号10を背負った。2001年にはフル代表候補に選出され、合宿に参加した経験がある。
古巣であるF・マリノス携帯サイトのコラム「ここだけの話」を連載中である。またチームの15周年記念DVDでもかつてのチームメイトである鈴木正治らとトークした。
現在は財団法人日本サッカー協会公認B級コーチライセンスを取得し、一般社団法人Jリーグ選手OB会の理事を務めながら、指導者として国内外で活躍している。保仁と共に「遠藤塾」というサッカースクールも運営している。保仁がサッカー日本代表として出場した2014 FIFAワールドカップの期間中には、折に触れて保仁を取材してきた毎日放送平日午後の情報番組『ちちんぷいぷい』で、「(保仁の)お兄ちゃん」としてスタジオ解説を担当している。
2000年に元アイドルで美容研究家の神崎恵と結婚。長男と次男が誕生したが2010年3月に離婚。子供の親権は神崎のもとへ渡った[1]。
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所属クラブ
- 1991年 - 1993年 鹿児島実業高等学校
- 1994年 - 2005年7月 横浜マリノス/横浜F・マリノス
- 2005年7月 - 2007年 ヴィッセル神戸
個人成績
その他の公式戦
- 1995年
- Jリーグチャンピオンシップ 2試合0得点
- 2000年
- Jリーグチャンピオンシップ 2試合0得点
- 2004年
- スーパーカップ 1試合0得点
- 2005年
- スーパーカップ 1試合0得点
- 2006年
- J1・J2入れ替え戦 2試合0得点
その他の国際公式戦
- 2004年
- A3チャンピオンズカップ 1試合0得点
代表歴
- U-19日本代表(1994年)
- U-23日本代表(1996年)
- 1996年 アトランタオリンピック(1試合0得点)
- 日本代表候補(2001年)
脚注
- 1998年までは横浜マリノス
出典
関連項目
外部リンク
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