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2011年の日本グランプリ (ロードレース)

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2011年の日本グランプリ (ロードレース)
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2011年の日本グランプリは、ロードレース世界選手権2011年シーズン第15戦として、9月30日から10月2日まで栃木県ツインリンクもてぎで開催された。

概要 レース詳細, MotoGP ...
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概要

要約
視点

震災・原発事故の影響

元々このシーズンの日本GPは4月22 - 24日に第3戦として開催予定だったが、3月10日に発生した東日本大震災の影響により、9月30日 - 10月2日に延期となった[1]

地震により損壊したツインリンクもてぎのロードコース部分の復旧作業は6月には終わり受け入れ態勢は整ったものの[2]バレンティーノ・ロッシホルヘ・ロレンソなど多くのライダーが福島第一原発事故による放射線の影響を警戒し開催が不安視されていた[3]。しかしFIMがイタリアの第三者機関に委託した調査の結果、茂木町の放射能の危険は無視できる程度であると報告され[4]、最終的にはほぼ全てのライダーが出場することになった。

唯一、Moto2クラスのクラウディオ・コルティ(イタルトランスチーム)だけは原発事故を理由に欠場[5]、代役として全日本ロードレース選手権J-GP2クラスでこの年チャンピオンとなる中上貴晶がエントリーした。

125ccクラス

125ccクラス予選では、ポイントランキング2位のヨハン・ザルコがシーズン3度目のポールポジションを獲得した。2番グリッドにはエクトル・ファウベル、ポイントリーダーのニコラス・テロルは3番グリッドからのスタートになった[6]

日曜日の決勝レース、序盤はフロントロウの3人が接戦を展開し、中盤にはファウベルが遅れてテロルとザルコのマッチレースとなった。14周目にトップに立ったザルコはその後テロルを一気に突き放すことに成功、5.9秒差を付けてグランプリ初優勝を果たした。

第6戦カタルニアでの肘出しペナルティ、第9戦ザクセンリンクでの同着フィニッシュからの2位など、ここまで5度も目前の勝利を逃してきたザルコは、6度目にして遂にチャンスをものにした[7]。この結果タイトル争いではテロルとザルコのポイント差は31ポイントに縮まり、ザルコが逆転チャンピオンに望みを残した[8]

Moto2クラス

Moto2クラス予選では、ポイントランキング2位のマルク・マルケスが2戦連続・シーズン6度目のポールポジションを獲得した。以下フロントロウにはトーマス・ルティアンドレア・イアンノーネと続き、ポイントリーダーのステファン・ブラドルは3列目8番グリッドからのスタートとなった[9]。地元勢では高橋裕紀が5番グリッド、中上貴晶は予選17位を記録したが、ウォームアップ走行で転倒し肩甲骨を骨折、決勝は欠場となった[10]。またMoto2クラスに復帰して2戦目のセルヒオ・ガデアは予選中の転倒で腰椎骨折・脾臓を傷める重傷を負い、残りシーズンを欠場することとなった。

決勝レースでは序盤からイアンノーネが4台の集団バトルをリード。一時的にトップを譲る場面はあったものの、最後は2位のマルケスに約2秒差を付けてシーズン3勝目を挙げた。ブラドルは終盤にかけて3位表彰台争いを展開したが、トーマス・ルティに競り負けて4位に終わった。

この結果チャンピオン争いでは、遂にマルケスが一時82ポイントもあった大差[11]をひっくり返すことに成功し、ブラドルに1ポイント差でランキング首位に立った[12]

MotoGPクラス

MotoGPクラスでは今回ワイルドカード枠でHRCのテストライダー2人、伊藤真一秋吉耕佑がエントリーした。宮城県名取市在住、44歳の伊藤の参戦には、大震災の被災者を元気づけたいという思いが込められていた[13]

土曜日の予選では、ポイントリーダーのケーシー・ストーナーが4戦連続・シーズン10回目のポールポジションを獲得、ランキング2位のホルヘ・ロレンソが2番グリッド、アンドレア・ドヴィツィオーゾが3番グリッドに続いた[14]

日曜日の決勝、序盤はストーナーがトップを維持していたが5周目にコースアウトを喫して中団に沈む。代わってトップに立ったドヴィツィオーゾは、ジャンプスタートを犯していたためライドスルーペナルティで脱落。その結果4番グリッドからスタートしたダニ・ペドロサがトップに立つと、後続との差を徐々に広げて独走でシーズン3勝目を挙げた。2位にはロレンソ、3位にはコースアウトから復帰後追い上げを見せたストーナーが入った。この結果チャンピオン争いでは、ストーナーとロレンソの差が40ポイントに縮まった[15]

バレンティーノ・ロッシは1周目にロレンソ、ベン・スピーズと接触してシーズン初のリタイヤとなった[16]。他にアルバロ・バウティスタが4位走行中の14周目に単独転倒、エクトル・バルベラは2周目のクラッシュで右鎖骨骨折等の重傷を負い次戦欠場となる[17]など荒れたレースとなった。そんな中地元勢は全員が生き残り、青山博一が9位、秋吉が12位、伊藤が13位で完走を果たした。

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MotoGPクラス決勝結果

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Moto2クラス決勝結果

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125ccクラス決勝結果

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脚注

参考文献

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